徒然雑記
黒 川 清 流 公 園 徒 然 雑 記 《な ん で も コ ー ナ ー供

『ちょっと一息ちょっと楽しいなんでもコーナー供



115,タネツケバナの繁殖方法が面白い!(2018/04/09)


タネツケバナの花と実。
(2018/03/10)

リンクのようになったさや。
(2018/04/01)

メガネのようになったさや。
(2018/04/01)

タネツケバナは黒川清流公園でも普通に見られる野草です。
アブラナ科の野草で3月頃白い小さな花を咲かせ4月頃実ができて種をとばします。
一説には種もみを水につける頃花が咲くと言われていますが、周囲に種をやたらと飛ばすから
が名前の由来のようです。
繁殖方法がとてもユニークで面白いのが特徴です。
 実が熟すとパチッとサヤの皮を反転させます。熟した実に指で触れてもパチッと音をたてて
反転します。その形もリンクやメガネの形など色々な形になるので面白いです!
タネツケバナを見つけたらぜひ触ってみてください。
種を飛ばす植物には黒川清流公園ではムラサキケマン、ツリブネソウなどがあります。

(2018/04/09記)





114,アオダイショウ3匹(アオ太、アオ助、アオ吉)に出会いました。こんなに早くは珍しい!
(2018/03/15撮影・記)


アオ太(頭が下向き)
(2018/03/15)

アオ太(頭が上向き)
(2018/03/15)

冬眠の穴に入るアオ助。
(2018/03/15)

遊歩道のアオ吉。
(2018/03/15)

藪に入るアオ吉。
(2018/03/15)

アオダイショウ脱け殻。
(数年前採集撮影)

昨日(3/14),今日(3/15)は気温が上昇し20度を越えました。黒川清流公園もコブシ、アブラチャン、ヒメウズ
、ウグイスカグラ、キショウブ,タチツボスミレ、タネツケバナ、キクザキイチゲが咲き始めました。
アオダイショウも冬眠から目覚めて出てきました。しかも3匹,大きさもすべて1m以上で別の個体です。
同日、殆ど同時刻に3匹も出会えたのは初めてです。各アオダイショウに名前をつけました。
アオ太は日向ぼっこか昼寝をしていました。10分後に観察したら頭の向きを変えていました。まだ眠いのでしょう。
アオ助は冬眠していた穴にまたもぐりこんでしまいました。明日から気温が下がりそうなので
また穴の中で眠るのかもしれません。
アオ吉は黒川清流公園の遊歩道の上で休憩中、しばらくして藪の中に消えました。
アオダイショウも貴重な生き物、子孫を残して生きていってほしいものです。
数年前黒川清流公園で採集したアオダイショウが脱皮した脱け殻も掲載しました。

(2018/03/15記)

『蛇のぬけがら』みたことありますか?『黒川清流公園徒然雑記』機11もご覧下さい。




113,冬の湧水の流れで生き物を探してみました。
(2018/02/17撮影)(2018/03/14記)


.魅泪┘咾肇肇Ε茱轡離椒蝓
(2018/02/17)

▲肇咼吋蕕涼膣屐
(2018/02/17)

L症佞運栃臀検
ミズムシに似てますが。
(2018/02/17)

冬の黒川清流公園の湧水流れにはどんな生き物がいるのでしょうか。短時間ですが生き物探しをしました。
〆廼瓩魯競螢ニが少なくなっています。今回まザリガニには会えませんでしたが、ヌマエビはいました。
 小魚はトウヨシノボリのようです。
▲肇咼吋蕕陵鎮遒隼廚い泙垢○○トビケラと特定できません。流れの石の裏にはりついていました。
L樵阿鯑団蠅任ません。名付け親募集です。
 この虫も石の裏にはりついていました。形がミズムシに似てるようなのですが、
 ミズムシは少し汚れた水に住むようなので,黒川清流公園の水は綺麗なので生存してない気がするのですが?

(2018/03/14記)





112,ヒレンジャクが二年ぶりに飛来しました。(2018/02/06記)

二年ぶりにヒレンジャクが飛来しました。

ヤドリギとヒレンジャク。
(2018/02/06撮影)

ヒレンジャク。
(2018/06/06撮影)

ヒレンジャクのフン。
(2018/02/06撮影)

今年(2018)も飛来しないのかと心配していたヒレンジャクの飛来を確認しました。
02/06日、6羽のヒレンジャクを確認しました。キレンジャクはまだ来ていません。
中写真では下のヒレンジャクのお尻からフンが垂れ下がっているのが確認できます。
フンが長く垂れ下がっている時はネックレスのように見えます。
右の写真は地上に落ちたヒレンジャクのフンです。地上に落ちないで樹上に引っかかって
繁殖し子孫を残します。ヤドリギはヒレンジャクなど鳥に種子を運んでもらうのです。
地上のフンを見つけることで飛来しているか予想できます。

(2018/02/06記)

なんでもコーナー供治毅押垤川清流公園のキレンジャク、ヒレンジャク》もご覧下さい。




111,浅川の水量が減っています。『水と緑の町』日野市の用水は大丈夫でしょうか?
日野市環境大学OB会が八王子市・北野下水処理場を見学しました。(2018/01/20記)


水が少ない浅川(南平)。
(2018/01/06撮影)

水が少ない浅川(南平)。
(2018/01/06撮影)

水が少ない浅川(一番橋下流)。
(2018/01/06撮影)

上の写真は今年(2018/01/06)の浅川です。川幅も狭まっています。下の写真の流量計測している同じ場所です。
下の写真は昨年(2017/05/23)の市職員の皆さんによる流量計測の様子です。
計測場所にクサフジが咲いていました。

浅川の流量計測(南平)。
(2017/05/23撮影)

浅川の流量計測(南平)。
(2017/05/23撮影)

浅川に咲くクサフジ。
(2017/05/23撮影)

下水処理場の方から説明を受ける。
(2017/11/16撮影)

下水処理施設を見学。
(2017/11/16撮影)

最終沈殿池と遠方の汚泥焼却設備。
(2017/11/16撮影)


☆浅川の流量が減っている。

最近、市民の皆さんが浅川の水量が減っていることにお気づきの方が多く、話題になるようになりました。
一昨年の日野市議会(平成28年第3回定例会)でも浅川流量減少問題が議論されました。
原因は八王子市北野の下水処理場で処理した水が今までは浅川に放流されていましたが
八王子市小宮の水再生センターへ編入処理して多摩川に放流する工事が進んでいるからです。
平成27年に八王子の分流区域分が編入済、合流区域も平成32年には編入が完了する予定です。
今まで浅川を潤していた水(処理水)はすべて多摩川に移ってしまいます。
北野下水処理場は雨天時に小宮の水再生センターへの送水量の上限を超えた分を貯留するポンプ場になります。
貯留汚水は晴天時に小宮の水再生センターへ送水するわけです。
日野市の浅川に流入するのは八王子流域の雨水分だけになってしまいます。
『水と緑の町』日野市の用水の水量確保は大丈夫でしょうか?

☆行政も浅川流量を測定しています。

日野市の職員の皆さんが浅川流量の測定をはじめています。
写真当日(2017/05/23)の測定には市民環境大学OB会の皆さんも参加しました。
将来、浅川に関する様々な課題が提起され関係自治体の流域協議等がなされるような時にはきちんとした
データーが生かされる機会があろうと思います。
また国土交通省が高幡橋で測定している流量と比較検討でき有益なデーターです。

☆日野市民環境大学OB会が八王子北野下水処理場を見学し処理場の皆さんと懇談しました。

2017年11月16日日野市民環境大学OB会、約20名の皆さんが北野下水処理場を見学しました。
当日は多くの職員の方々が出席してくださり長い時間、親切丁寧な説明応対を頂き大変感謝しています。
北野下水処理場の処理についての説明を受けた後、処理場を見学しました。
処理場見学後、下水編入事業の説明、浅川の水量確保のための事業説明(八王子市側の取り組み)があり
その後の質疑応答では様々な質問にお答えいただき予定時間を大幅に超過してしまいました。

☆八王子市の『浅川の水量を増やす取り組み』

八王子市は八王子市水循環計画・身近な水辺の復活10年プロジェクトとして浅川の水辺活用と水量確保に
積極的に取り組んでいます。 ̄水浸透施設の設置⇒水を下水道に流入させないC浪漆紊旅舂管きょへ
侵入防止抑制た肯咾僚朶弔砲茲詈歐緡呂慮上・・等です。
私達日野市として八王子市の取り組みを応援し見守っていきたいとおもいます。効果はこれからです。

☆北野下水処理場見学を終わっての感想。

〆2鵑遼面邁漆綵萢場見学の企画は時節にかない大変意義深いこと。八王子市も浅川水量確保に真剣に
向き合い取り組んでいる姿勢が理解できたこと。N昌圓浅川や地下水、湧水なども含め流域協議ができる
展望を持てること。ず2鵑慮学会のように両市の市民、団体、行政等各種レベルで交流する機会を持ち互いに
信頼度を築き協力協働していく必要があること。・・・・等です。

(2018/01/20記)


110,林床がこんなに綺麗になりました。ホウキのような枝先さてなんでしょう?
(2018/02/23記)


下刈りで綺麗になった林床。
(2018/02/09)

アズマネザサが茂る林床。
(2018/02/09)

枝下ろし後のクヌギ芽生え。
(2018/02/09)

黒川清流公園の林床はアズマネザサが生い茂っています。雑木林の管理では下刈りが大切な仕事になります。
中写真に比べると林床がこんなに綺麗になりました。
林床に光りが届くと休眠していた植物が芽生えるかもしれません。どんな野草が見られるか楽しみです。
いっぽう林床が丸見えでウグイス、アオジなど地上付近の藪で暮らす野鳥には迷惑かもしれません。

黒川清流公園は一般的な公園や雑木林の管理とは異なる特殊性を持っています。
「公園」、「雑木林」、「東京都緑地保全地域」、「日野市植生重要自然地域」、「湧水:東京名湧水50選」等の
要素を考慮しなければなりません。
現在の管理は東京都と日野市のもとに民間企業、環境団体、個人ボランティアなどが係わっていますが
必ずしも連携がとれた管理がされていません。

黒川清流公園は日野市のエコミュージアムの中核になる戦略特区で将来のモデル特区の役割があると思います。
将来の黒川清流公園はどうあるべきか、立場、見方もさまざまです。皆で考えたいですね。

☆崖線上の雑木林のクヌギが大きくなりすぎて枝が伐りおろされました。
その後ホウキのような新枝が沢山芽生えました。
樹皮が成長してないからか白い枝が一斉に生えてきたようです。白い枝が青空に映えていました。

(2018/02/23記)




109,2018年初日の出と皆既月食を撮りましたので期日が経過しましたが掲載しました。
(2018/02/23記)


箱根強羅の初日の出。
(2018/01/01am7:14)

初日の出のダイアモンド富士。
宿泊先のテレビ画面です。
(2018/01/01am8:05)

自宅で皆既月食を撮ったのですが。
(2018/01/31pm22:27)

2018年の元日は恒例になっている箱根・強羅でむかえました。今年も運良く初日の出を迎えることができました。
宿泊先の部屋のテレビが富士山の初日の出・ダイアモンド富士を放映(テレビ朝日)していました。
持参していたデジカメでテレビ画面を写しました。本栖湖からの富士山の初日の出・ダイアモンド富士です。
 1月31日皆既月食がありました。我が家のベランダから撮影しましたが少しボヤケタ映像です。

(2018/02/23記)



108, 登山家・岩崎元郎さんと歩いたカナディアンロッキーの旅。
氷河から見る地球温暖化そしてマリリン.モンロー主演映画『帰らざる河』のロケ地。
(2017/11/01記)


マリーンレイクとスピリットアイランド。
(2004/07撮影)

エンゼル氷河への道・お花畑。
(2004/07撮影)

マウントエディスキャベル。
(2004/07撮影)

谷に下りて氷河の塊に触れる。
(2004/07撮影)

コロンビア氷河
登山家、岩崎元郎さんと。
(2004/07撮影)

レイククルーズ
登山家、岩崎元郎さんと。
(2004/07撮影)

レイククルーズ奥の氷河へ向かう。
(2004/07撮影)

神秘の湖モレンレイク。
(2004/07撮影)

ドラゴンレイク。
(2004/07撮影)

昔のことになりますが2004年7月、登山家・岩崎元郎さんと小メンバーでカナディアンロッキーのの氷河や山、高原
を歩くトレッキング・旅に同行しカナダの大自然の中で8日間を過ごしてきました。
初日エドモントンからジャスパーへのバス移動中、少し雨に降られましたが、途中で虹がでるような
天気回復に恵まれその後1週間の滞在中一度も雨に降られませんでした。
数多い私の旅行歴の中でも最高の思い出になる旅になりました。
氷河はすごいスピードで溶けています。溶けた氷河のかたまりがドボンドボンと谷底の水面に落ち込んでいる
光景を目の当たりした体験でした。
カナディアンロッキーのの大自然にひたり移動中の車窓からは熊、ヘラジカ、エルク。トレッキング中には
可愛いマーモットの出会い。真っ盛りだったインディアンペイントブラッシュ、珍しい緑色のキキョウ、
日本でもおなじみのヤナギランなどお花畑もみごとでした。


インディアンペイント
ブラッシュ。

緑色のキキョウ。

ヤナギラン。

ジャスパー駅と歴史に残る大列車衝突事故。

カナディアンロッキーの拠点ジャスパー駅。私達の旅もジャスパーからはじまった。
1986年この地から100km東の地点でカナダ鉄道史上最大級の列車衝突事故が発生した。
太陽爆発による大磁気嵐が鉄道の信号制御機器を破損させたのが原因との説がある。
当日も列車の機関士がオーロラを観察している。
今回の旅の時も、とてつもなく長い大陸横断列車が到着した。


《宿泊したパンフ・・ホテル近くの町並み・・・夜(夕方)9時頃の風景》
カナディアンロッキー観光や登山の拠点はパンフとジャスパーです。
緯度が高いので午後9時をすぎても日が暮れません。小さな静かな町です。
近郊には温泉もありますが今回は残念ながらチャンスがありませんでした。
大橋巨泉さんの土産物店OKショップがあり日本からの観光客も来ていました。日本語が通じるので安心です。
巨泉さんは夏はカナダ冬はニュージーランド春秋は日本で過ごす生活をしていました。羨ましいですね。

(2017/11/01記)

カナディアンロッキーの氷河に地球温暖化を見る。
マリリン・モンロー主演映画『帰らざる河』のロケ地、モンローの虚像と実像。
(2017/11/01記)


最近の異常気象はもはや死語で激変、激動する気象が通常気象なのだと思えてなりません。
2004年夏カナディアンロッキーで氷河が溶解するところ、氷河の塊が音を立てて落下する光景
を目の当りした時は地球温暖化の影響を実感しました。
上の写真は、1982年、1992年の氷河の位置を示しています。この写真だけでも氷河が溶け早いスピードで
氷河が後退していることがわかります。
映画『帰らざる河』がカナディアンロッキーでロケされた頃(1950年代初期)はこの写真の場所も
氷河で埋まっていたことでしょう。

アーサーミラー、・モンロー夫妻

帰らざる河のシーン。

《マリリン・モンローのこ と・・・若い人は知らないかもしれませんが》
映画『帰らざる河』はオットー・プレミンジャー監督、マリリン・モンロー、ロバート・ミッチャム主演で
1954年製作公開されました。
映画はパンフ、ジャスパー周辺のカナディアンロッキーでロケされました。
マリリン・モンローは私の大好きな女優です。
私は彼女の外見ばかりが評価の対象で彼女の内面、実像に迫ることなく、世の中には虚像が今も
生き続けているように思えてなりません。
マリリン・モンローは権力には屈せず、常に弱い者の側に立ち続けました。
劇作家アーサー・ミラー(左写真・マリリンの夫)が権力によるマッカーシズム(赤狩り)の嵐の中で
毅然と立ち向かい権力から夫を守り抜きます。
マリリン・モンロー自身も20世紀フォックスの重役からすさまじいパワハラ,セクハラを受けますが
屈しませんでした。
ケネディ大統領にはピュアーな愛情を持ったのは事実と思いますがケネディのベトナム侵略戦争には明確な
反対の意思表示をしています。
1959年のキューバ革命にもアメリカの政策に『カストロにもチャンスを与えるべきだ。』
と主張しました。労働者や労働組合にもあたたかい思い姿勢を示しています。
原水爆・核にたいする感覚態度も敏感でした。
1960年『核政策の狂気に反対する全国委員会』が設立発足した時も
よびかけ人のトップの名前はマリリン・モンローでマーロン・ブランド、ジーンケリー・・等が名を連ねます。
マリリン・モンローの感情、感覚はいたって健全でした。ハリウッドや映画界にこんな言葉を残しています。
『ハリウッドでは女の子の貞操など、彼女の髪型ほどの価値もないのです。あなたの中身によってではなく
単に外見だけで判断されるのです。ハリウッドはひとつのキスのためにあなたに1000ドル支払い、あなたの
魂には50セントしか支払わぬところです。私はよく知っています。なぜなら私は最初の方の申し出をずいぶん
ことわり、50セントの方に手を差しのべたのですから』
今この時(2017/11/01)もハリウッドや政界のセクハラ事件が大きく報道されています。# ME TOO運動として
女優アリッサ・ミラノを始めとしてレディー・ガガ、ジェーン・フォンダ,メリル・ストリープ
、ニコール・キッドマンなど有名な女優さん達も声をあげています。
日本でもジャーナリスト伊藤詩織さんなどがたたかっています。
マリリン・モンローが残した言葉は今も生きているのです。
マリリン・モンローは36歳の若さで世を去りました。
死の直前は精神的にも安定せず苦しんでいたのも事実と思います。
マリリン・モンローの死についても諸説ありますが、謎が多く今も真相は明らかになっていません。
マリリン・モンローの死後の整理は彼女の最初の夫ジョーディマジオがおこないました。
彼はマリリン・モンローとの離婚後も独身を貫きました。
彼女の良き理解者はジョーディマジオで最後まで愛していたのも彼かもしれません。
作られた『セックスシンボルのイメージ』とは程遠いマリリン・モンローの実像は今も小さく虚像が
生き続けています。
マリリン・モンローは常に大衆の側にあり弱者の側から社会を見ていました。
社会の不正、腐敗を許さない正義感を持ち続けて生きた生涯でした。
感覚的、直感的に捕らえる鋭い目は幼いころの不幸で虐げられた生活のなかで培われたのかもしれません。
私は今も『帰らざる河(River of No Return)』を歌う彼女の少しかすれたような声を聞きながら
マリリン・モンローを想いカナディアンロッキーの旅の思い出と風景をまぶたに浮かべています。

(2017/11/01記)



107, 特報!黒川清流公園の湧水は大丈夫か?
黒川清流公園の雑木林と道路を隔て隣接する団地跡に巨大マンション建設。。
(2017/10/02記)

西側から見た建設予定地
(2015/9/29撮影)

南側から見た建設予定地
(2015/9/29撮影)

ボーリング調査か?
(2015/9/29撮影)


黒川清流公園崖線、上の台地(多摩平団地跡)に巨大マンションが建設されることが最近わかりました。
建設予定地は黒川清流公園の雑木林と道路を隔てて隣接しています。
マンションは地上13階(高さ39.98m),居室649戸。多摩平側の一部住民対象に住民説明会もあったようですが
対象住民設定にも大きな問題があります。
黒川清流公園は湧水に恵まれ日野市民は勿論、市外からも多くの人々が訪れる人気スポットで、最近はマスコミにも
多々取り上げられています。
高層マンション建設は地下深くまで杭打ち(パイル打ち込み)をします。
礫層下部の岩盤まで20m位までの杭打ちが予想されます。
その際、黒川清流公園の地下湧水の流れが破壊、損傷される危険が十分あります。
湧水が枯渇したり湧水量減少などが起これば取り返しのつかないことになります。
湧水に恵まれた黒川清流公園は後世の人達に引き継ぐ大事な遺産です。
『水に映える紅葉、新緑、湧水なくして黒川清流公園なし、水が美観、景観を演出しています』
一部地域住民への説明会だけで済む問題ではありません。
日野市民、環境団体、行政、市議会などオール日野が真剣に向き合う問題と考えます。

*クレーンが見える工事現場(隣接地)は保育園の建設中で本件とは関係ありません。
奥に見える空き地がマンション建設予定地です。

(2017/10/02記)



日野市環境大学OB会のニュースレター(2017/11/16発行)に掲載された文章です。
参考までに掲載しました。

  湧水への影響が心配。                 
最近私は黒川清流公園周辺の地下水の流れ、分布に関心があり日野台地の深井戸ポンプの状況を調べていました。
巨大マンション建設が進行中の情報に接し驚き、心配しています。
私の身近でも建物の建設で湧水が枯れたり、枯れていた湧水が3・11の地震直後に再び湧き出したりしています。
地下水の流れや分布は解らないことも多いのが実情で、何が起こるか解らないのです。
高層マンション建設は地下深くまで杭打ち(パイル打ち込み)をします。
その際、黒川清流公園の地下湧水の流れが破壊、損傷される危険が十分あります。
湧水が枯渇したり湧水量減少などが起これば取り返しのつかないことになります。
私は黒川清流公園にほれ込んでホームページを作り発信しています。私のフィールドワークの場所でもあります。
湧水に恵まれた黒川清流公園は後世の人達に引き継ぐ大事な遺産です。
近隣住民への説明会だけで済む問題ではありません。
日野市民、環境団体、行政、市議会などオール日野が真剣に向き合う問題と考えます。

(2018/01/05掲載)




106,枯枝や剪定枝、落葉を被せられ咲かなかった黒川清流公園のタイアザミ。 綺麗に咲いた谷仲山のハチオウジアザミ。

雑木林の管理の難しさを考えさせられます。

二つのアザミはとても似ています。違いはどこでしょう?(2017/12/21記)


タイアザミの小群落は
枝や落葉の下。
(2017/11/29撮影)

タイアザミの小群落は
枝や落葉の下。
(2017/11/29撮影)

枝や落葉の下から
1株だけ花をつけた。
(2017/11/06撮影)

2年前の黒川清流公園の
タイアザミ。
(2015/10/03撮影)

谷仲山のハチオウジアザミ。
(2017/9/29撮影)

谷仲山のハチオウジアザミ。
(2017/9/29撮影)

黒川清流公園にはタイアザミが谷仲山の湧水地にはハチオウジアザミが自生し秋に花を咲かせます。
タイアザミもハチオウジアザミも秋に咲くアザミです。どちらもナンブアザミの変種といわれています。
草丈は1〜2mタイアザミは関東の山野で見られます。
ハチオウジアザミは八王子の谷戸の湿地で見つけられ2012年新種のアザミとして発表されました。
タイアザミとの一番の違いは湿地を好むこと、ストロン、走出枝、匍匐性(ホフクセイ)などと言われ
水平に進出し根をはやし増えていくのがタイアザミの特徴です。従ってストロンで増えた個体はクローンです。
実際には見極めは難しいです。
身近なストロン植物はシバ、キジムシロ、オランダイチゴ、ユキノシタなどです。

枯枝や剪定枝、落葉を被せられ咲かなかった黒川清流公園のタイアザミ。
これでよいのか考えさせられます。

昨年まで綺麗に咲いていた黒川清流公園のタイアザミが今年(2017)は殆ど咲きませんでした。
自生している小群落が成長する前に枯枝や剪定枝、落葉などの貯め場になりタイアザミが
埋もれてしまい成長できなかったからです。タイアザミが自生してない場所が沢山あるのですから
雑木林の清掃管理は必要でありがたいのですが、これでよいのかと考えさせられます。

(2017/12/21記)



105,黒川清流公園周辺の水環境・地下水の状況は?
解らないことが多いですが考えてみましょう。
(2017/09/18記)




清水谷池の春。
(2017/04/05撮影)

清水谷池の夏。
(2017/06/05撮影)

清水谷池脇の深井戸ポンプ。
(2017/06/05撮影)

清水谷池湧水路に流れ込む別湧水。
(2017/06/05撮影)

流量測定する環境大学OB会の人達。
(2017/07/20撮影)

湧水を汲みにきた人。
(2016/04/25撮影)

さく井工事中の多摩平4号機ポンプ。
(2017/09/09撮影)

多摩平浄水場。
(2017/09/09撮影)

多摩平浄水場ろ過設備。
(2017/09/09撮影)

清水谷池は黒川清流公園の最も西側に位置し湧水が貯えられた池です。
日野市の自然保護運動発祥の地でありカワセミ、カルガモが子育をし、最近見る機会が少なくなりましたが
ゴイサギ、アオサギが飛来します。春のソメイヨシノも綺麗ですがジュウガツザクラが10月〜3月まで半年位
花をつけています。
池の流出口から4.5m位の所に道路の下を通って直径70Φ位のパイプから勢いよく綺麗な水が出て湧水路に注ぎ
合流した水は山王下の方へ流れていきます。この水は殆ど通年流れているので湧水だと想像できましたが
はっきりした水源が不明でした。植物栽培している人がわざわざ水を汲みにくることもあります。
環境大学OB会の人達もこの場所で今年から流量測定を始めています。(私もメンバーですが)
最近ようやく湧水路に流入する水の水源を確認することができました。
清水谷池西脇にある都水道局の汲み上げ深井戸ポンプ(多摩平3号機)の水でした。
単なる余剰水で棄てているのではなく緊急時、有事の時に利用することも予想した予備水のようです。
多摩平にはこのような深井戸ポンプが6基、神明に2基(以前3基)あり、これらのポンプから汲み上げた水は
いったん多摩平浄水場に集め浄化殺菌処理後に一般水道管に接続給水されています。
多摩平浄水場は2013年に浄水容量が2000m3〜11000m3に増強され稼働しています。
渇水・水不足の時にはこれらの深井戸ポンプがフル稼働するそうです。
深井戸ポンプはポンプ電動機7.5〜30kw、深さ100〜200m前後から汲み上げています。
黒川清流公園の湧水量は数十年、大きな変動がありません。深井戸ポンプは自由地下水(不圧地下水)の下層
にある被圧地下水を汲み上げているからと思います。
黒川清流公園周辺の地下水がどのように分布し、どのように流れているのか詳しい状況を知りたいですね。

☆黒川清流公園・大池の崖線上(多摩平側)にある深井戸ポンプ・多摩平4号機は現在さく井工事中です。
掘削深さ180m、外側掘削径500Φ、吸い上げパイプ径300Φ、Max揚水量90t/h,2017/11月竣工予定。

(2017/09/18記)



104,黒川清流公園は人気スポット、沢山の人が訪れています。
訪れた人からもトイレの要望の声が聞かれます。トイレの増設が望まれます。
(2017/08/22記)家庭でツマグロヒョウモンの成長過程が観察できました。

(2017/07/18記)


黒川清流公園で遊ぶ子供たち。
(2017/07/13撮影)

現在の黒川清流公園のトイレ。
(2017/02/01撮影)

トイレに可愛いリスがついている。
(2017/02/01撮影)

多摩平中央公園のトイレ。
(2017/03/01撮影)

都立平山城址公園のトイレ。
(2017/02/27撮影)

新築されたカワセミハウス。
(2017/08/13撮影)

黒川清流公園は日野市民の最も人気のスポットです。日野市の顔の一部でもあります。
日野市制50周年事業・市民が選んだ『水辺のある風景50選』、日野市環境基本計画推進会議みどりグループ
が実施した市民が選んだ『残したい緑・好きな緑』(共に2013年実施)でともに第一位に選ばれました。
最近はテレビ、新聞etcマスコミでも紹介される機会が多く市外からも訪れる人が多くなりました。
幼稚園、保育園、小学校の遠足・ピクニックなど子供たちの団体の来訪も多くなっています。
しかし公園には共用トイレが1つあるだけで、50〜100名規模の子供たちが来園した時には対応できません。
引率の先生からも『トイレ増設希望』の声が聞かれます。
現在のトイレはリスと大木をコラボしたデザインで建設当時はファンタジーがあり画期的なトイレだった
だろうと想像されます。しかし現在のように来訪者が多くなると数的にも機能的にも対応できません。
黒川清流公園は東京都の緑地保全地域です。条例など色々と規制、制限等、難しい課題もありますが
黒川清流公園のみらい・展望を想うと、ぜひ現代に相応しいトイレ新設が望まれます。
多摩平中央公園(男女別、障がい者)、都立平山城址公園(男女別)のトイレと較べても黒川清流公園のトイレは
改善して欲しいです。

◎カワセミハウス(あずまや池南隣接)では綺麗なトイレが使用できます。
黒川清流公園や日野市の環境情報なども得られますのでお立ち寄りください。

(2017/08/22記)




103,家庭でツマグロヒョウモンの成長過程が観察できました。

(2017/07/18記)


‐さな幼虫(毛虫)発見。

50円硬貨と大きさ比較。

こんなに大きくなりました。

ね佞呂垢辰り食べられた。

スっぽいサナギになりました。

η鬚辰櫃ぅ汽淵になりました。

蝶誕生、表翅。

裏翅はこんな模様。

誕生したツマグロヒョウモン。

近くに住む娘(孫二人)の家から電話がはいりました。
『家の鉢植えパンジーに毛虫が数匹いて葉を食べている。退治したほうがいいだろうか』
毛虫をスマートフォンで撮った写真を送信してもらいました。
予想通りツマグロヒョウモンの幼虫のようです。
ツマグロヒョウモンの幼虫はスミレ類や園芸のパンジーなどの葉を食べるのです。
孫達も興味深々なので蝶になるまでの成長過程を詳しく観察することにしました。
鉢植えパンジーの葉は写真のように殆ど食べつくされてしまいました。体が短くなりサナギになりました。
サナギになる前に脱皮した脱け殻のようなのもありました。
サナギの色からオスとメスの区別ができます。
羽化したチョウは♀です。ツマグロヒョウモンは雌の翅模様が雄よりも綺麗です。
昆虫の脚の数は6本ですがツマグロヒョウモンの前脚は退化して脚として使用してないので良く見ないと
4本に見えます。
夫婦共働き、孫達は学校があり、サナギからふ化する瞬間の写真は残念ながら撮れませんでしたが
孫達も日々観察と話題でもりあがっていたようです。いい経験になったと思っています。


◎黒川清流公園でもツマグロヒョウモンに時々であいます。

黒川清流公園で撮影した
ツマグロヒョウモン

黒川清流公園で撮影した
ツマグロヒョウモン

(2017/07/18記)




102,黒川清流公園にリスはいませんが。
齧歯(げっし)動物とオニグルミ。
昔(2005年)実施した高尾山日影沢の観察会など・・・(2017/04/21記)

.ニグルミの果実
浅川(2016/7/27)

▲謄Ε船哀襯澆硫娘
日野市多摩平( 2016/9/5)

オニグルミ左と
テウチグルミの堅果

ぅ▲ネズミの食痕
高尾山日影沢(2005/11/26)

ゥ縫曠鵐螢垢凌痕
高尾山日影沢(2005/11/26)

Δ欧短動物とオニグルミ観察会
高尾山日影沢(2005/11/26)

アカネズミ

ニホンリス

オニグルミを食べる
アカネズミ
PCクリップアートより。

オニグルミを食べる
ニホンリス
PCクリップアートより。

齧歯動物・難しい漢字ですね。字をよく見ても書くのが難しいほどです。
齧だけだと、齧る。(かじる)と読みます。
齧歯動物とはリス、ネズミ、ヤマアラシなどでノミの形をした一対の門歯が絶えず伸び続けるため常に
物をかじって歯を減らさなければならない動物達です。犬歯はなく哺乳類の中では最も種類が多いい
そうです。
かなり昔になりますが高尾山の裏高尾・日影沢で森林インストラクターの仲間達と小学生を対象に
『齧歯(げっし)動物とオニグルミ』をタイトルで観察会をおこないました。
日影沢にはニホンリス、アカネズミが生息していて写真のような食痕が残るオニグルミが採集されました。
ニホンリスは綺麗に割って食べますがアカネズミは丸い孔をあけながら食べるのでクルミを見れば
すぐわかります。
ニホンリスはクルミを土の中などに貯蔵しますが、ハエマツの実を土の中に貯蔵するホシガラスも
知られています。
鳥類のモズの早贄なども貯蔵と考えられます。

オニグルミも美味しく食べられますが割るのがたいへんです。テウチグルミは簡単に割ることができるので
食品として販売されています。オニグルミは浅川の川辺で見ることができます。
テウチグルミは黒川清流公園の近くの多摩平にありましたので写真にしました。

(2017/04/21記)




101,わきにず池の湿地に外来種のカラーが咲いていました。
(2017/06/20記)

わきみず池湿地に咲くカラー。
(2017/06/16撮影)

夕闇の中のカラー。
(2017/06/15撮影)

栂池高原ミズバショウ。
(2014/06/20撮影)

残雪の栂池高原ミズバショウ群落。
(2014/06/20撮影)


遠くから見るとミズバショウが咲いているように見えますが、
ミズバショウではありません。
ミズバショウは仏炎苞が立って咲いていますがカラーの花は
上向きのようです。
ミズバショウと同じサトイモ科ですが外来種です。
海芋(カイウ)といい海を渡ってきた里芋ということでしょう。
南アフリカが原産のようです。
外来種は日本の植生の生態系を壊すのでよくありません。
園芸種で家庭で育てていたものが棄てられたものかもしれません。

右の写真は栂池高原を訪ねた時の雪が溶け始めた所の
ミズバショウ群落です。
栂池高原の大部分はまだ雪に覆われていました。
ほとんどのミズバショウは雪の下でした。
ミズバショウは尾瀬が有名ですが栂池高原もミズバショウで有名です。

(2017/06/20記)



100,近くのナンジャモンジャの樹、今年は開花を見ることができました。
(2017/05/26記)


ナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の花。
(2017/05/10撮影)

花をつけているナンジャモンジャの樹。
(2017/05/10撮影)

ナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の花。
(2017/05/10撮影)

2年前、八王子南口広場にナンジャモンジャの樹が数本あるのを見つけました。
昨年開花時のチャンスを逃し、ようやく今年花を見ることができました。
ご存知の人も多いとおもいますがナンジャモンジャの樹とは、その土地に自生していない
珍しい木を言い、牧野富太郎博士は『何ぞや物ぞやの訛りなり』と言われています。
したがって土地によって色々な樹木がナンジャモンジャと言われています。
一般的には常緑高木のヒトツバタゴがナンジャモンジャと言われています。
深大寺や明治神宮もヒトツバタゴです。
私が初めて見たのは東逗子から鷹取山に登った時、途中の神武寺でした。ここのナンジャモンジャ
はホルトノキでした。
千葉県・神崎神社ではクスノキが、山梨県・鶯宿峠ではリョウメンヒノキがナンジャモンジャ
と言われています。
ナンジャモンジャの花を見たい方は来年になってしまいますが、五月初旬頃お出掛けください。

(2017/05/26記)





99,黒川清流公園のカラスがドラミングや行水。(2017/03/30記)

黒川清流公園のハシブトガラス
(2017/03/10撮影)

湧水の流れで・カラスの行水(水浴び)
(2015/11/16撮影)

葉が落ちて現れたカラスの巣
(2017/01/04撮影)

カラスについてはあまり取り上げることがありませんでしたが今回記事にしました。
カラスは黒川清流公園では食物連鎖の頂点にいるように威張っています。
カラスは頭がいいとりですが色々な鳴き声を出すことができるようです。アオゲラのドラミング
のような音を鳴き声で発します。アオゲラやコゲラのドラミングと聞き間違えることが時々あります。
 カラスが数羽で水浴び(行水)をしているのに出会いました。『カラスの行水』は短い入浴に使われ
る言葉ですがかなり長い時間行水をしていました。
 夏は葉で見えなかったカラスの巣が冬の雑木林ではよく見えるようになります。
雑木林の中なので都会のカラスの巣のようにハンガーの針金などは使われてないようです。

(2017/03/30記)



98,黒川清流公園のヒマラヤスギ雑感。
なんでもコーナーー69(2015/9/29)の追補加筆版です。(2017/03/10記)


黒川清流公園のヒマラヤスギ
(2015/09/21撮影)

ヒマラヤスギのマツボックリ(球果)
(2015/09/21撮影)

バラの花のようなシーダーローズ
(2015/09/21撮影)

黒川清流公園にはヒマラヤスギが十数本あります。
昨年(2015)、一昨年(2016)はマツボックリ(球果)が沢山ついて例年より多い感じでした。
名前にスギがついていますがマツ科の樹木です。アカマツやクロマツは球果が下向きにつきますがヒマラヤスギは
写真のように球果(写真中)は上向きにつきます。
球果が上向きにつく樹木にはモミ・トドマツ・シラビソ・オオシラビソなどがあります。
写真(中)で前年の球果の種鱗が落ち軸だけが残っているのが見えます。
球果の先端部が地上に落下したものがバラの花のようなのでシーダーローズと言われクラフトで飾り物などに
利用されています。写真のシーダーローズは数年前拾って保管していたものです。(写真右)

*下写真右はニューヨークの摩天楼の上に設置されている三角帽子の貯水槽(タンク)です。風物詩として有名ですが
水槽は水に強いヒマラヤスギが多く使われています。メタセコイアも使用されています。
写真左はオオシラビソの上向きの球果です。
八幡平にて(2015夏)

(2017/03/10記)




97,コウノトリ特集・・・その1『特別企画展と兵庫県・豊岡市県立コウノトリ郷公園』
日野の水辺にコウノトリが舞い降りてくれることを願って。
(2017/01/01記)


特別企画展『約束のケージ〜コウノトリの野生復帰、そして未来に向けて』
多摩動物公園・2016年5月12日〜6月14日・開催されました。

特別企画展の案内板
(2016/05/21撮影)

展示パネルの一部
(2016/05/21撮影)

コウノトリの卵(左)と擬卵(右)
(2016/05/21撮影)

2016年5月21日多摩動物園で開催された特別企画展を見に行きました。
兵庫県・豊岡市県立コウノトリ郷公園(付属飼育施設も含む)では現在
100羽近いコウノトリを飼育しています。
2015年は一度絶滅したニホンコウノトリを復帰させる取り組みが開始され50年
野生放鳥10年の記念の節目になりました。
今回の特別企画展では40余年にわたる長い苦闘の歴史・ドラマが各種パネルで紹介
されていました。

「約束のケージ」とは豊岡のコウノトリ保護増殖センターで初期に使用した
「初代飼育ケージ」が残されており、職員たちはこのケージを
『いつかニホンコウノトリを増やし野生復帰させる。』という約束を果たす
シンボルとして『約束のケージ』と呼んできました。

右の写真の擬卵は繁殖行動を促す為の刺激として使われたり、本当の卵と
置き換え人口孵化させるときなどに使用されます。

(2017/01/01記)


特別企画展を訪れた見学者がいただいたニホンコウノトリの写真。
(2017/01/01記)



コウノトリ特集・・・その2『多摩動物公園の取り組み』と日野市の自然環境。
日野の水辺にコウノトリが舞い降りてくれることを願って。
(2017/01/01記)


多摩動物公園でも特別企画展開催中にコウノトリの赤ちゃんが5羽誕生しました。

両親とコウノトリの赤ちゃん
(2016/05/21撮影)

お母さんと赤ちゃん
(2016/05/21撮影)

多摩動物園の飼育ケージ
(2016/05/21撮影)

私がたずねた前日5月20日にも1羽誕生しました。今は60羽近いコウノトリを飼育しています。
多摩動物公園では中国から譲りうけたコウノトリの人口飼育を続け1988年国内初の人工繁殖に
成功しました。
兵庫県立・豊岡コウノトリ郷公園とも協力しあい、成鳥・タマゴの譲り合いなどで繁殖事業を
すすめています。
現在は千葉県野田市のコウノトリ繁殖事業にも協力しています。

☆特別企画展示コーナーで多摩動物公園の職員Yさんとコウノトリについて話をすることができました。
Yさんはコウノトリを研究しており色々詳しい話をお伺いすることができました。
そして『日野は多摩川、浅川が流れ湧水も多く約117kmもの用水、わずかですが水田も残されています。
水辺でアオサギ、サギ(白)を観察する機会も多く、今後も日野市の自然環境が守られれば
日野にもコウノトリが立ち寄ってくれる可能性はある。』と話しが一致しました。
夢を持つことはいいことです。実現することを願っています。Yさんありがとうございました。

(2017/01/01記)



コウノトリ特集・・・その3《千葉県・野田市『コウノトリの里』と『コウノトリ・トキの舞う関東自治体フォーラム』の取り組み》
日野の水辺にコウノトリが舞い降りてくれることを願って。
(2017/01/01記)


千葉県・野田市のコウノトリ飼育施設『コウノトリの里』でも増殖・放鳥しています。
周辺29自治体の共同企画事業!
2016年2月6日、野田市の根本市長のコウノトリにかける情熱的な講演を聞く機会にめぐまれました。
野田市の『コウノトリの里』をぜひ訪ねたいと思っていたのですが実現できませんでした。下の写真は野田市HPの写真を使わせていただきました。

2012年、多摩動物公園より譲りうけた
コウノトリのつがい。

2016年放鳥された2羽。
(2016/06/04)

2016年の放鳥式。
(2016/06/04)

千葉県・野田市では未来を担う子供達に多くの生き物がいる自然環境を残したいと考え
生物多様性のシンボルとしてコウノトリの舞う里を目指してコウノトリの飼育・増殖の取り組みがはじまりました。
2012年多摩動物公園から2羽のコウノトリを譲り受け飼育を開始し2015年7月3羽の増殖に成功し放鳥しました。
2016年にも増殖に成功し6月4日放鳥式が盛大に行われ2羽が放鳥されました。

現在は野田市を含め千葉・栃木・埼玉・茨木の4県29自治体で『コウノトリ・トキの舞う関東自治体フォーラム』
が結成され広域事業として取り組まれています。
加盟する自治体ではそれぞれの地区にある水源・川・タンボなどを活用してコウノトリが生息しやすい環境整備
に努力しています。

* 飼育・増殖は福井県・越前市、兵庫県・養父市など全国的に取り組まれています。
2016年に放鳥されたコウノトリを含め現在90羽近いコウノトリが野生でくらし2017年には100羽を越えそうです。

*日野市は全国的に取り組まれているコウノトリ復活事業のリーダー的役割を担っている多摩動物公園が存在
しています。
多摩動物公園は野田市の増殖事業にもコウノトリの提供や技術指導を行っています。
日野市はコウノトリと無関係ではありません。
『コウノトリ・トキの舞う関東自治体フォーラム』には東京の自治体はどこも加盟しておりません。
日野市もぜひフォーラムに加盟し夢のある大きな事業に協力してほしいと思います。
日野市にコウノトリが舞い降り,立ち寄ってくれるような環境を次世代の子供たちに残したいと思います。

(2017/01/01記)



96,黒川清流公園と浅川のカワウ&シラサギ(小、中)
(2017/02/26記)


黒川清流公園あずまや池のカワウ
(2015/02/22)

浅川の水辺に群がるカワウとシラサギ
(2016/12/09)

黒川清流公園湧水のシラサギ(小)
(2017/01/23)

黒川清流公園の水辺にはコサギが時々飛来しますが、カワウはめったにたちよりません。
あずまや池に一羽のカワウが飛来して泳いだり潜ったりして獲物を漁りしばらく滞在していました。(2015年)
我が家の近くの浅川の水辺にはコサギとカワウの群れが混在しています。白と黒の対比があざやかです。

(2017/02/26記)


95,樹木の形は面白い!
黒川清流公園で女性を連想させる木を見つけました。 (2017/01/23記)


女性を連想させるエゴノキ。
(2016/3/02撮影)

女性を連想させるエゴノキ。
(2016/3/02撮影)

ヌスビトハギの若い実。
(2016/10/10撮影)

ヌスビトハギの熟れた実。
(2016/10/10撮影)


雑木林を散策すると色々な樹形をした樹木に出会います。
黒川清流公園の遊歩道脇で上の写真のような木を見つけました。
色々な樹形をした木を見つけるのは楽しいものです。
どう見ても女性を連想させる樹形です。
小さすぎてサイズがあいませんが野草の中でブラジャーと呼ばれている
ヌスビトハギの実の写真を掲載しました。
ヌスビトハギは黒川清流公園では見当たりませんので南平丘陵公園に行き
写真を撮ってきました。

(2017/01/23記)



94,みんなの環境セミナー『雑木林へGO!』が
11月20日,黒川清流公園の雑木林で行われました。(2016/12/01記)


〇木林管理と
カブトムシの話。

▲▲坤泪優競鬼△梁慮

カブトムシ幼虫探し。

じつけたカブトムシ幼虫

セ羲乃錙悒ブトムシの一生』

昔の生活と雑木林。

日野市環境基本計画推進会議・みどりグループ主催、日野市環境情報センター共催の環境セミナーが
天気にも恵まれた11月20日開催されました。
今年のテーマは昨年に続き日野の雑木林をみんなで考えることでした。
今年は親子参加を対象にしたので家族の参加が多く子供たちの声も響き賑やかなセミナーになりました。、
日野市みどりと清流課職員、環境情報センター職員、みどりグループメンバーを含め総勢30人を超える
人数になりました。
あずまや池で開会式の後、みどりグループのメンバーが昔の人達の日常生活が雑木林と密接に係わって
いたことを絵や写真で子供たちにも解るように話した後、紙芝居『カブトムシの一生』を上演し
カブトムシと雑木林の関係を学びました。
紙芝居の後はみどりグループメンバーの誘導でカブトムシが集まるクヌギ、コナラの葉や樹皮を観察し
ながら遊歩道を歩きました。
雑木林では東豊田緑湧会のご協力をいただき代表の方から雑木林の管理や下刈りの指導、カブトムシの
幼虫の話などをしていただき実際に大きなハサミでアズマネザサを刈り取る作業体験をしました。
作業の後メーンイベントのカブトムシの幼虫探しを行い幼虫が見つかると歓声があがっていました。
全ての家族が幼虫を見つけ腐葉土に入れて持ち帰りカブトムシの飼育に取り組むことになりました。
最後にカブトムシの飼育についてみどりグループメンバーから詳しいお話がありました。
感想、意見、アンケートなど今後の活動に生かされると思います。
今回のセミナーでは市みどりと清流課,、環境情報センターの皆さんから多大なお力添えをいただき
ありがとうございました

(2016/12/01記)




93,カミキリムシにタカラダニ?のように思えるのですが、特定できません。
(2016/11/12記)

カミキリムシとタカラダニ?
エゴノキ(2016/10/18撮影)

カミキリムシとタカラダニ?
エゴノキ(2016/10/18撮影)

カミキリムシとタカラダニ?
コナラ(2016/11/03撮影)


エゴノキとコナラの木に赤い宝石のような赤い斑点をつけたカミキリムシと思われる昆虫がいました。
大きさは2〜2.5cm位比較的小さなカミキリムシ?です。
赤い斑点はタカラダニが寄生したのだと想像したのですが確定できません。

(2016/11/12記)



92,やっとアオバハゴロモに出会うことができました。
幼虫は白い粉のよう。成虫は薄緑色の綺麗な昆虫。 (2016/10/21記)

アオバハゴロモ幼虫。
(2016/8/01撮影)

アオバハゴロモ幼虫。
(2016/8/15撮影)

アオバハゴロモ成虫。
(2016/9/30撮影)

アオバハゴロモ成虫。
(2016/9/30撮影)


黒川清流公園を散策していると時々ササの葉の上に白い粉が積もった
ような物体がありました。
昆虫の幼虫と思い調べるとアオバハゴロモの幼虫らしいことがわかりました。
そしてついに出会いました。薄緑色の木の葉のような綺麗な成虫です。
カメムシ目アオバハゴロモ科のこんちゅうです。
青葉羽衣アオバハゴロモとは素敵な名前ですが一部の植物に
は害虫とのことです。
でも雑木林で薄緑のアオバハゴロモに突然出会うと美しさに感嘆します。

(2016/10/21記)



91,シャンソンと映画『パリの屋根の下』(Sous Les Toits De Paris)
マロニエとトチノキ&映画監督ルネクレール・・・シャンソンに歌われる植物。その2(2016/10/01記)

Sous Les Toits De Paris
『パリの屋根の下』の楽譜 と西条八十
訳詞マロニエの並木道の部分。

日本ではセイヨウトチノキを
マロニエと表示していることが多い。
我が家の近く。

マロニエやベニバナトチノキ
モミジバフウの実にはトゲがある。
写真はモミジバフウ。

マロニエに一番似ている
日本のトチノキの花。
我が家の近く。

トチノキの実にはトゲがない。
実はオニグルミに似ている。
長野・山田牧場。

トチノキの種子。マロニエの種子も
殆ど同じ形。クリの実に似ている。
妙高高原にて。

映画『パリの屋根の下』(Sous Les Toits De Paris)

映画監督ルネ・クレールのトーキー第一作が映画『パリの屋根の下』です。
同名のシャンソン『パリの屋根の下』は映画の主題歌で、映画のなかでは主演のアルベールがこの歌の楽譜を下町で売りながら歌われました。

ルネ・クレール

映画のひとこま

映画のひとこま

私はシャンソン『パリの屋根の下』をラジオで聞いて知りました。シャンソンが好きになった最初の曲でした。
同名のルネ・クレールの映画をみたのはしばらく後のことでした。
ルネ・クレールの映画を初めて見たのは『リラの門(1950)』でした。その後『パリの屋根の下(1930)』,
『パリ祭(1932)』,『自由を我等に(1931)』を見ました。すべてモノクロ映画です。
戦前の古き良き時代のパリの下町やそこで生活する人たちをこれほどまでリアルにえがいた映画監督はいない
と思います。『パリの屋根の下』の下町はセットで作られています。
西条八十の訳詞からマロニエの咲く並木道や下町などパリへの憧れも高まり、シャンソンにも夢中になりました。
西条八十は訳詞にマロニエの語句を使いましたがフランス語の原曲にはマロニエmarronierの語句はありません。
原曲ではパリの下町に住む母と娘のつつましい生活が歌われています。
『パリの屋根の下』,『パリ祭』の主題曲はともにワルツの素敵なシャンソンの曲で日本でも多くの人に歌われています。

マロニエに一番似ている日本の樹はトチノキです。トチノキは山の川筋などにありトチの実はあく抜きし粉にして
昔から食べられていました。今もトチモチなど土産品があり旨いです。
昔は同じ区域に嫁入りするとき嫁の樹としてトチノキを嫁に持たせる地方もありました。トチの実は貴重な食糧でした。
日本の街路樹としてセイヨウトチノキ、ベニバナトチノキがマロニエとして植えられています。
八王子、聖蹟桜ヶ丘、我が家の近く豊田の道路でも見られます。

(2016/10/01記)



90,我が家のセッコク複数株が九月に開花しました。
異常気象が原因でしょうか?セッコクの気根とは?(2016/09/18記9/26追記)

秋に咲いたセッコク。
(2016/9/18撮影)

気根が伸びたセッコク。
(2016/9/26撮影)

通常春に花をつけます。
(2013/5/21撮影)


我が家にはセッコクがあります。セッコクはラン科の植物で木に着生して成長します。
ヤドリギのような寄生植物ではありません。根は空気中の水分を吸うために露出し気根といいます。
気根はセッコクの特徴です。銀杏の気根は大きく垂れさがって呼吸を助けています。
春に花が咲くのが通常ですが今年は春に花をつけた複数株で九月にまた花をつけました。
何年も育てていますが今までにないことです。
最近の異常気象が原因なのでしょうか?今年の秋はサクラも花をつけた例も多いようです。

『寄生植物ヤドリギと着生植物セッコク』は【なんでもコーナー2ー43】をご覧ください。 (2016/09/18記9/26追記)

89,ドロバチが穴に出たり入ったり、
エントツドロバチ(オオフタオビドロバチ)も巣作り作業?
(2016/09/10記)

穴に入っていくドロバチ。
(2016/8/15撮影)

トカゲがきて穴を覗き込む。
(2016/8/15撮影)

穴から出てきたドロバチ。
(2016/8/15撮影)


黒川清流公園・遊歩道脇のアズマネザサが茂る土の穴に数匹のドロバチが出たり入ったりしていました。
ドロバチは土を固めて巣をつくりますが普通は枯れた竹の中などが多いので多分巣作り用の土の採集に
飛来したようです。
観察していたらトカゲがきて穴の中を覗いているようでしたが去っていきました。
ハチはエントツドロバチ(オオフタオビドロバチ)と思われます。

(2016/09/10記)


88,我が家のガレージに大きなキアシナガバチの巣!やもなくハチ退治をしました。
(2016/09/10記)

ハチが活発に活動中。
(2016/8/14撮影)

キアシナガバチ。
(2016/8/15撮影)

駆除した後のハチの巣。
(2016/8/15撮影)


我が家の駐車場の屋根下にキアシナガバチが巣をつくりました。巣の直径が17cmありました。
ハチの数も30〜40匹位に増え人の近くを飛び回るようになり刺される危険がでてきたので
やむをえず駆除しました。キアシナガバチはアシナガバチの中では大きいハチで体長が25mm位
ありました。キイロスズメバチと同じ位の大きさです。

** なんでもコーナー(1-14)のミツバチVSスズメバチ壮烈なバトルの結末は?もご覧ください。


(2016/09/10記)



87,宝塚歌劇のテーマ曲『すみれの花咲く頃』(Quand Refleuriront Les Lilas Blancs)
ところ変われば名前も変わる・・・シャンソンに歌われる植物。その1
(2016/08/25記)

Quand Refleuriront Les LilasBlancs

『すみれの花咲く頃』の曲を聞くと華やかな宝塚のレビューやスターを思い浮かべる人も多いと思います。
宝塚歌劇のテーマ曲として余りにも有名ですが日本ではシャンソンとして歌われることが多い曲です。
パリではレビュー(パリゼット・・主題歌がこの曲で Lilasリラ日本ではライラックになる)のなかで歌われ
シャンソンになりました。
1930年(昭和5年)宝塚歌劇に持ち込まれパリゼットが上演され『すみれの花咲く頃』として歌われました。
でもこの曲のルーツをたどると面白いことがわかります。
原曲はウイーンの作曲家フランツ・デーレによって1928年に作られニワトコ(樹木名)の花が元歌でした。
1929年にパリでニワトコがリラLilas(ライラック)に変わり日本ではリラがスミレに変わったのです。
ニワトコはスイカズラ科の樹木で白い花序の花が咲き少しリラの花序にもにています。
、リラ(ライラック)は芳香がありモクセイ科の樹木でヨーロッパから明治時代に
入ってきてムラサキハシドイの名がついています。リラは北海道に多く植えられ札幌のライラック祭りは有名です。
日本には同じモクセイ科の白い花をつけ芳香があるハシドイがありリラに似ているので園芸店などでライラックの
名で売られていることがありますがライラックではありません。
リラには白い花をつけるのもありシャンソンの歌詞のなかでは白いリラが恋の花として歌われています。
恋人とリラの咲く森を歩ければ、もう彼女は大丈夫と若者は思うとか。

*シャルル.アズナブールの『ラ.ボエーム』の訳詞(なかにしれい)などでも「アパルトマンの窓辺に咲くリラの花よ・・」と
リラの花が歌われています。

(2016/08/25記)

下の写真の背景画像は札幌・大通り公園のライラックです。



『すみれの花咲く頃』の楽譜。




原曲のニワトコの樹。花は白、実は暗赤色。
近くの家のニワトコです。




リラの花、白いリラ(ライラック)もあります。
日本名はムラサキハシドイです。




黒川清流公園のタチツボスミレ。




我が家のハシドイの花。リラと同じモクセイ科。




86,およそ350年前に農民、一商人の力が造り上げた箱根用水・湖尻トンネル!
数年前、箱根用水・湖尻峠(用水トンネル)を歩く。    
(2010/11/10訪問・写真)(2016/08/10記)

芦ノ湖・取水口

箱根用水記念碑

半暗渠部・用水が
ゴーゴーと流れる。

出口少し下流に発電所あり。

日野市には江戸時代に造られた用水が町中を流れ今でもおよそ116kmも残っています。
用水は江戸中期に多く造られたようですが最も古い日野用水は永禄10年(1567)につくられました。
湖尻峠の箱根用水(深良用水)トンネルは芦ノ湖から湖尻峠の下を堀り抜き駿河の国・深良村(現在の静岡県裾野市)
の深良川につなげる米作りの農業用水です。
6年前の2010年芦ノ湖・湖尻から芦ノ湖・湖畔を歩き、湖尻峠を越え裾野市に入り発電所近くまで歩いてきました。
裾野市のホームページでは箱根用水(深良用水)について次のように記しています。
『芦ノ湖の水を静岡県側へ流すために、1666年から約4年の歳月をかけ湖尻峠の下に掘られたトンネル。全長1280mに及び
出会いに1m程の誤差しかなかったと言われ測量技術の高さに驚かされる。この用水は、深良村の名主・大庭源之亟が幕府
と小田原藩の許可の下、箱根権現の別当快長の理解と江戸浅草の商人・友野与右衛の協力を得て完成。かんばつに苦しむ
農民を救ったと言われている。尚現在は、用水を使った水力発電も行われている。深良側出口には「深良用水300年記念碑」
が建っている。』
説明文からは官民が円満協力して完成したように読み取れますが、実際は農民・商人の民が主導の工事のため
当初から小田原藩、幕府の妨害、弾圧も多く困難を克服しての大工事だったのが実情のようです。
それにしても農民主導と団結、測量土木技術、資金調達等すごいことだとおもいました。

歴史に思いをはせ箱根用水を訪ねてみませんか。湖尻から芦ノ湖を巡り湖尻峠越えはハイキング気分で歩けます。

(2016/08/10記)



箱根用水建設をモデルにした高倉テル著・歴史小説『ハコネ用水』、山本薩夫監督・映画『箱根風雲録』が面白い!
(2016/08/10記)

野武士も登場。
(PD画像)

権力の妨害・弾圧にも屈せず。
(PD画像)

農民の強い団結の力。
(PD画像)

農民・商人が主導して造り上げた『箱根用水(深良用水)』それを題材に書かれた
歴史小説が高倉テル著『ハコネ用水』(1951年)です。この原作を映画化し
『箱根風雲録』(1952年)をつくりあげたのが社会派映画監督の巨匠・山本薩夫です。
ここでは映画『箱根風雲録』について記します。
この映画は戦後の国民が解放され民主的な活動がまだ高揚している時代に作られ
ました。
映画は大きな映画会社ではなく有名な東宝争議のあと作られた小映画社・新星
映画社と前進座が提携して作られました。
キャストを見ると河原崎長十郎、中村翫右衛門、河原崎国太郎、瀬川菊乃丞、
など前進座演技人

高倉テル

山本薩男

と山田五十鈴、轟夕起子、飯田蝶子、岸旗江、加藤嘉、花沢徳衛、三島雅夫、など往年の豪華

スターが名を連ねています。
映画は波乱万丈の展開で飽きさせません。両側からトンネルを掘り進みつながるシーン、
トンネルから初めて水がゴーゴーと流れ出るシーン、農民たちの団結シーンな
ど感動的な映像が沢山あり流石、巨匠・山本薩夫監督の作品でした。
山田五十鈴はこの映画の演技が称賛され1952年度ブルーリボン主演女優賞、
毎日映画コンクール主演女優賞を受賞しています。

*高倉テル著『ハコネ用水』は1951年以前(1948〜1949)に雑誌に連載発表されています。

**高倉テルさんについてはいづれ『なんでもコーナー』に登場させたいと思っています。**

(2016/08/10記)



85,サルオガセはどんな植物!?2014年栂池自然園にて

(2015/03/01)の再掲載です。(2016/7/17記)

栂池のサルオガセ(2014/9/26)

落ちていたサルオガセ

栂池のサルオガセ(2014/9/26)

サルオガセです。厳密にはもっと細かく分類され○○オガセと命名されるのでしょうが詳しくは解りませんので一般的なサルオガセとしておきます。
樹皮に付着して垂れ下がり藻、苔、海草のようにも見えます。本州では高山、深山のブナ林・針葉樹林などで見られます。
写真は昨年、長野の栂池自然園を散策した時のものですが北海道、道東の海岸側のエゾマツ、やトドマツに沢山付着しているのも見ました。
霧藻とも言い霧のかかる湿気の多い所にできるようです。葉緑素を持ち光合成しています。ヤドリギのような寄生植物ではありません。


入笠山のサルオガセを見に行きました。
(2016/07/01〜03撮影7/17記)

天女の羽衣のようなサルオガセ
(2016/7/01撮影)

若いサルオガセがたくさん。
(2016/7/02撮影)

風にゆれるサルオガセ
(2016/7/02撮影)


2015/03/01なんでもコーナーにサルオガセについて掲載しましたが、サルオガセが比較的簡単に
見られる長野県・入笠山に行ってきました。入笠山は高度、雨量、湿度、風量などがサルオガセ
の生育条件によいようで沢山みることができます。
サルオガセはヤドリギのような寄生植物ではなく着生植物ですが幹や枝にからまれると樹の成長にも
影響するようです。

(2016/07/17記)



84,日野市環境情報センター(愛称・かわせみ館)が新築移転します。
黒川清流公園・わきみず池・南に2017年4月オープン予定です。
(2016/07/01記)

建設予定地(わきみず池・南)
(2015/9/03撮影)

建物イメージ

内部イメージ


長い間市民の皆さんから愛され環境活動の拠点になっていた環境情報センター(かわせみ館)
が老朽化、手狭などの理由で建て替えられ場所も黒川清流公園のすぐ近くに移ることになりました。
まもなく工事が始まり2017ねん4月にはオープン予定です。建物は一部2階建ての複合施設で地域
自治会活動など地区センターとしても利用されます。
環境情報センターは昨年開設10周年を迎えました。新情報センターの場所は日野市でも代表的な緑と水
の豊かな黒川清流公園で環境的にも恵まれ、色々と企画もできると思います。
新情報センターが大きな力になり、環境活動の拠点としてますますの飛躍発展が期待されます。

(2016/07/01記)



83,日本最大級のドイツトウヒの森を見に行きました。
(2012/09/27訪問2016/05/21記)

ドイツトウヒの樹(笹ヶ峰高原)
(2012/09/27撮影)

ドイツトウヒのマツボックリ
(2012/09/27撮影)

妙高山(笹ヶ峰高原から)
(2012/09/27撮影)

笹ヶ峰牧場
(2012/09/27撮影)

笹ヶ峰高原と三田原山
(2012/09/27撮影)

猿にでくわす。
(2012/09/27撮影)

ドイツトウヒはヨーロッパではクリスマスツリーの木として愛されています。
新潟県・妙高山の麓、笹ヶ峰高原には日本でも最大級のドイツトウヒの森があります。
約1万本のドイツトウヒが生育しています。
数年前になりますが、ドイツトウヒの森を訪ねましたが球果が沢山ぶら下がっていました。
昭和7年、造林事業として杉が植えられましたが昭和10年異常降霜で全滅してしまいます。
このため北海道からドイツトウヒの苗を移植し晩霜にも耐えたのでドイツから種子を購入し本格的に造林しました。
木材はバイオリンの響板用材としても利用されています。

笹ヶ峰高原は標高1300m、157ha天気に恵まれると妙高山、三田原山、池、牧場、高山植物などの景観が素晴らしく
高原を渡る風も気持ちがよいものです。訪ねた時には猿にも出会いました。

(2016/05/21記)



82,多摩平団地竣工記念・「かどで」の像(狩人の像)その後の状況ご存知ですか?
1960年(S35)〜2002年(H14)まで40年以上豊田駅北口ロータリーに建立されていました。
(2016/04/16記)


多摩平団地竣工記念像『か
どで』の除幕式・豊田駅北口
1960年(昭和35年)12月

1965年(昭和40)頃の豊田
北口ロータリー、平和都市
宣言の後方に『かどで』の像
が見える。

現在の『かどで』の像
(2016/03/12撮影)

今の豊田駅北口ロータリー
大きな樹木はヤマモモ
(2016/03/30撮影)

多摩平団地竣工記念・『かどで』の像(狩人の像)は1960年(S35)〜2002年(H14)まで40年以上豊田駅北口ロータリー
に建立されていました。日野市在住の人は見た方も多いと思います。
その後像の行方は私は知りませんでした。3年前豊田テクテクMAPを作成した時も多摩平第一公園に存在している
ことに気がつきませんでした。昨年偶然散策中に15年振り位に像と再会しました。懐かしく思いHPに掲載紹介する
ことにしました。像の脇に説明掲示板がありましたのでその全文も紹介します。

『かどで像』(狩人の像)について・・説明掲示版より

この像は、昭和35年(1960)12月6日、多摩平団地宅地開発事業の竣工を記念して
豊田駅北口に建立されました。日展審査員の山本雅彦氏と木島延幸氏の合作で「かどで」という名です。
 その昔、多摩平団地のあたりは原っぱや雑木林でした。
像の男性は銃を担ぎ、3頭の猟犬を連れています。これは多摩平団地という住まいの安定を得た勤労者が、毎朝
職場という"狩り場”に出かける時に、この像を見上げて、今日一日を誠実に勤勉に努力して過ごすように
との意味がこめられているとされています。
このため「狩人の像」とも称されます。昭和50年代に狩人が持つ銃が曲げられる事件があり、現在は銃口の部分は
欠損しています。 平成14年(2002)に多摩平第一公園内に移設されました。(以上掲示板全文)

銃口の欠損に思う。

昭和40年代世界的にアメリカのベトナム侵略戦争に反対する運動の高まり のなか昭和50(1975)年アメリカの敗北
によりベトナム戦争は終結しました。
銃口が曲げられた昭和50年代はまだ反戦気運も高かった時代です。
団地は企業戦士である勤労者が戦場である都心への出撃基地であり帰還基地でもありました。
銃口が曲げられた事件も時代の世相の反映かもしれません。
『かどで』の像(狩人の像)の大きい写真を「黒川清流公園&周辺・昭和のアルバム」に掲載しています。

(2016/04/16記)



81,たぬき公園のかわった風景(たぬき公園続報)
(2016/04/01記)

梅の木からツゲの木がはえている。
(2016/02/28撮影)

桜の木の空洞から景色が見える。
(2016/03/02撮影)

タヌキ公園に時々飛来するカワラヒワ
(2016/03/04撮影)


たぬき公園は黒川清流公園観察に行くときいつも通る公園です。たぬき公園については
明治〜大正〜昭和を生きた詩人、田中冬二が戦後の一時期、たぬき公園付近に居住
したことは以前なんでもコーナーで紹介しましたが今回はその続報です。
たぬき公園にはスダジイ、イチョウ、イロハモミジの巨木や珍しいセンダンがありますが、
ウメ木からツゲが生えたり、木の空洞を通して向こう側の風景が眺められるサクラなど珍しい樹木があります。
野鳥もカワラヒワ、シジュウカラ、コゲラ、オナガ、ウグイス、ジョウビタキなどが飛来します。

(2016/04/01記)




80, 黒川清流公園雑木林の嫌われ者《アズマネザサ》が伐採され林間林床が綺麗になりました。
でも楽しみと寂しさの複雑な気持ちです。(2016/03/10記)


下刈りされすっきりした雑木林
(2016/02/11撮影)

わきみず池の水辺も下刈りされる。
(2016/02/04撮影)

以前のわきみず池
(2014/04/05撮影)

わきみず池のウメモドキ
(2014/5/2撮影)

わきみず池のカマツカ
(2016/01/04撮影)

わきみず池のメギ(コトリトマラズ)
(2016/04/14撮影)

黒川清流公園の雑木林も植物にとっての嫌われ者アズマネザサが林床にはびこっています。
今回下草刈りが行われ林間がすっきりしとても綺麗になりました。林床にも光が入り、今まで発芽できなかった
植生が新たに出てきて花を咲かせてくれるかもしれません。とても楽しみです。
一方寂しさもありちょっと複雑な気分です。
わきみず池にはウメモドキ、カマツカ、メギ、マユミ、アブラチャンが池の畔に咲き水面に花影を映していましが、
全て伐採されてしまいました。
今年は池の水面に映る花や実を見ることができなくなりました。植物観察に最適な場所だっただけに残念です。
一般緑地の雑木林、公園緑地の雑木林の管理はどうあるべきか課題が与えられた感じです。、

(2016/03/10記)

79, タヌキ公園(天神社址)近くの池と小便小僧
(2016/02/25記  4/18画像追加)

小便小僧と池
(2016/02/25撮影)

小便小僧
(2016/02/04撮影)

小便小僧池のカルガモ
(2016/04/06撮影)

小便小僧池のアオサギ
(2016/02/25撮影)

タヌキ公園(天神社址)から徒歩で2分位のところです。ロータリーの内側が防火用水も兼ねた池になっています。
丸い池の中央に小便小僧が立っています。
池には金魚や小魚、がいるのでカワセミ、カルガモ、アオサギ、カワウなどが稀に立ち寄る姿が見られます。

(2016/02/25記 4/18画像追加) )



78, 明治〜大正〜昭和を生きた詩人・田中冬二はこの地(日野市豊田)に居住しました。
たぬき公園(天神社跡)は我が家から3分黒川清流公園への途中にあります。(2016/02/22記)


田中冬二はたぬき公園辺りに居住
(2013/6/14撮影)

たぬき公園
(2016/01/14撮影)

たぬき公園のジョウビタキ♀
(2016/01/08撮影)

たぬき公園のセンダンの花
(2014/6/14撮影)

冬に実をつけているセンダン
(2016/01/04撮影)

地上に落ちているセンダンの実
(2016/01/04撮影)


詩人・田中冬二(写真)については『なんでもコーナー供63』で紹介しましたが
更に詳しくふれたいとおもいます。
豊田にも住んだ詩人・田中冬二(明27〜昭55)は日野市立第二中学校・校歌の作詞者でもあります。
安田財閥と日野市豊田の関係は供63で詳しく紹介しましたが、田中冬二も安田家とつながりがあります。
母方の祖母は安田善次郎の妹です。安田家の関係からか冬二も安田系銀行マンでもありました。
転勤で東京にうつり昭和21年から数年、豊田1090番地に住んでいました。
現在の豊田通称たぬき公園あたりと考えられます。豊田駅からは5分位。我が家からも5分位の距離、
黒川清流公園の観察でいつも通る公園です。
冬二は明治〜昭和の日本の自然や風土のなかで生きる人々の日常生活にねざした詩を沢山残しています。
『ふるさとにて』は冬二の最も代表的な詩として前回紹介しましたが、
今回は山鴫(ヤマシギ)を下記に紹介します。ヤマシギは黒川清流公園に昨年立ち寄ったのが
観察されています。通常は黒川清流公園では見ることはできません。


◎戦後 田中冬二が居住したと思われる場所は今公園(愛称タヌキ公園)になっており江戸時代には
豊田七森の天神社が祀られていました。今は若宮神社に合祀されています。
公園にはスダジイ、イチョウ、ケヤキ、モミジの大木が繁っています。あまり見ることがないセンダン
の樹が1本あります。センダンの花はとても綺麗で6月頃紫色の花が咲き冬に黄褐色の核果の実をつけます。
『栴檀は双葉より芳し』のセンダンはビャクダンのことで写真のセンダンではありません。
公園にはジョウビタキ、シジュウカラ、コゲラ、カワラヒワ、オナガなどの野鳥も飛来します。


◎  山鴫(やましぎ)

谷間は暮れかかり
燐寸を擦ると その小さな焔は光の輪をゑがいた
やうやく獲た一羽の山鴫
まだぬくもりのある その山鴫の重量に
私はまた別の重いものを感じた
雑木林をとびたった二羽の山鴫
褪せかけた夕映が銃口にあった

詩集「晩春の日に」1961年

☆タヌキ公園については『豊田用水と湧水を歩きませんか』 とGoogle Mapでも紹介しています。
☆豊田には七つの森がありました。森には八幡社、天神社、白髯社、山王社(日枝)、三嶋社、大六天、
若宮神社の七社が祀られ、若宮神社が鎮守の社であり殆どが若宮神社に合祀されています。

(2016/02/22記)



77, 黒川清流公園の湧水の流れ。

ひょうたん池から地下に潜った黒川の流れをたどると。

(2016/02/07記)

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¬酊擦凌晃園の案内板

梵天山古道の説明板

ぐ典瑤ら開渠へ

ッ殞嗜討凌縅

λ田用水と合流

ひょうたん池から地下に消えていった水はしばらく暗渠で流れます。
中央線の下をくぐり野鳥の森公園、市役所通りの坂をくぐり梵天山(ぼんてんやま)古道の南を並行
に走ります。
古道の端で地表に現れます(ぜ命拭法しばらく開渠(ゼ命拭砲箸靴椴れた水は川辺堀之内で豊田用水
と合流し、さらに上田用水と合流し上田地区へと流れていききます。
ゼ命辛婉瓩任浪室命燭里茲Δ棒酳嬲拉憩眞篭茲龍莢萓依事業が施行されています。
水路も変更整備されます。
川辺堀之内地域は最近まで水田が多く残り、いい風景が残っていましたが区画整理で水田も減少して
います。梵天山古道近くには下写真の、石垣上付近(ゴルフ練習場端)には中世の館(城)があったの
ではないかとの説もあります。


◎梵天山(ぼんてんやま)古道と梵天山横穴墓群
梵天山は現在も残されている古道の上部辺りの小高い丘で今は台地で平になっています。
名前の由来は不明ですが古道は昔の鎌倉道で昭和の初め頃までは稲毛(城)往還と言われ川崎市の
北部の稲毛領から八王子へとつながる往時の幹線道路で稲城、七生地域と日野台、八王子とを結ぶ
生活道,農道でもありました。古道の面影がそのまま残っているのはこの辺りだけで極めて貴重です
この辺りの段丘の斜面には古墳時代後期〜奈良時代まで墳墓の形態である梵天山横穴墓が31基も
発見され横穴墓群では多摩川流域で最大規模と言われています。

◎ゼ命燭話殞喀衢の農家の私有地から撮ったものです。ご主人が敷地を通してくれ立派な竹林の
中を黒川用水まで案内していただきました。そして昔のことを伺うことができました。
昭和20年代にはゴルフ練習場付近の下(崖線下)辺りから湧水が湧いていてサワガニを
獲ったりしたそうです。その湧水も今は涸れてしまいました。お話ありがとうございました。

◎黒川湧水の流れに沿った関連写真です。
野鳥の森公園へは黒川清流公園の大池とひょうたん池の間の細い坂道を多摩平に出て中央線の上の陸橋を
渡って行きます。


野鳥の森公園
黒川清流公園の東隣り

昔をしのばせる
梵天山古道

黒川の流れの脇で
区画整理施行中

正面堀之内緑道と
石垣上の館跡(?)

(2016/02/07記)



76,日野市環境大学OB会の皆さんが放射能測定を続けています。
黒川清流公園の放射能数値はどの位?
(2014/02/20撮影2016/01/20記)

地上1mの空間放射能を測定。
(2014/02/27撮影)

気象条件なども詳しく記録。
(2014/02/27撮影)

『日野市環境情報センター年報VOL.8』
(2016/01/21撮影)

2011年東電原発事故の翌年(2013年3月から)日野市の環境大学OB会(私も参加)は有志で空間放射能
の測定をはじめました。3月で4年が経過しようとしています。
市内2地区12ヶ所を測定しています。
2012年測定開始時期は0.10〜0.11μシーベルト/hと高い数値をしめしていましたが
2015年には0.05〜0.07μシーベルト/hと低くなり日野市が測定している数値とほとんど変わりません。
◎3年間の測定結果をまとめた報告書は『日野市環境情報センター年報VOL.8』に掲載しています。

黒川清流公園の放射能定期測定はされていませんが、2015年11〜12月個人的に測定してみました。
測定結果は0.05μシーベルト/h位でした。

これらの数値は健康に影響を与える数値ではないとされていますが好ましいものではありません。
原発、原爆、水爆がなかった1945年以前の自然放出の放射能はどの位だったのでしょうか。
結論は原発、原爆、水爆の核は地球上のすべての生物と共存できないことです。

(2016/01/20記)




75,最近明治初期に来日したイギリス人女性旅行家・紀行家イザベラ・バードが話題になっています。
以前イザベラ・バードの足跡をたどる旅をしましたので紹介します。(2010/9/30〜10/02旅・撮影)
(2016/01/01記)

会津西街道・大内宿
(2010/10/02撮影)

イザベラ・バードが宿泊した
大内宿の部屋

大内宿の町なみと中心道路
(2010/10/02撮影)


最近イザベラ・バード(写真)がマスコミで時々とりあげられ話題になっています。
私も以前バードの足跡をたどりほんの一部ですが旅にでました。
イザベラ・バード(1831〜1904)はイギリス人女性で世界中を旅した旅行家、紀行家として知られています。
冒険家、探検家といってもいいような人です。明治11年彼女47才の時に来日し日本人青年を通訳、ガイドとして雇い 東北から蝦夷・北海道をめざします。
その時の記録が有名な『日本奥地紀行』として出版されたのです。
維新直後の日本の奥地は文明とはほど遠い江戸時代の面影が多分に残っていたと思います。

『日本奥地紀行』は当時の日本人の生活、風俗を外国人の視点で客観的に観察した貴重な文献で読んで面白い
おすすめの文献です。
イザベラ・バードは会津西街道・大内宿で宿泊しています。
写真(中)のイザベラ・バードが宿泊した阿部家は代々名主や本陣だった家柄です。大内宿は江戸時代の宿場町
にタイムスリップしたような町なみが今も保存され観光客も多く訪れています。

◎写真(中)の阿部家、バードの肖像写真は2015年10月の朝日新聞の写真を使用させていただきました。

(2016/01/01記)


イザベラ・バードが歩いたアルカディア・桃源郷街道
黒沢峠の3600段の敷石街道を甦えらせた市民運動・保存会。
越後米沢街道・十三峠・黒沢峠を歩く。(2001/5/17〜19旅・撮影)(2016/01/01記)


出発点・小国は
残雪があった。(5/18)

越後米沢街道・黒沢峠
大ブナ(一里塚)(5/19)

コケむす石だたみの街道は
ブナ林が続く。(5/19)

黒沢峠・大ブナ付近
コケむす石だたみ(5/19)

イザベラ・バードは大内宿で宿泊した後日本海側の新潟へ出ます。その後、山形米沢街道に入り小国・十三峠を経て
米沢平野へ向います。越後米沢街道は別名十三峠とも言われ大小13の峠が存在します。
新潟県・関川〜山形県・米沢まで約70kmの街道です。
『日本奥地紀行』でイザベラ・バードは十三峠を越え米沢平野が開けた美しい展望を『ここはアルカディア・桃源郷だ』
と感動的に記しています。バードは厳しい批評もしるしていますが『この国の人々は貧しいが貧困はない』
『この国の人々ほど子供を愛する人々を見たことがない』などとも記しています。
十三峠は明治17年に新道ができ、その後、鉄道もひかれ利用する人もいなくなりました。
十三峠のほぼ中間地にある黒沢峠には敷石街道がありましたが忘れ去られ土に埋もれてしまいました。
昭和55年地元の人達が保存会を作りその市民運動が行政も動かし発掘復元して昔をしのぶ敷石街道を甦えら
せました。
今は昔、平成13年(2001)5月新緑の頃、飯豊山系の麓・小国、十三峠・黒沢峠、米沢を散策しイザベラ・バードを
しのびました。

《追記》

◎今回イザベラ・バードを取り上げましたが、最近朝ドラで話題になった『マッサン』のモデルのニッカ(日果)ウィスキー
の創業者と結婚し1920年(大正9年)に来日したジェシー・ロバータ・カウン(1896〜1961)、『猫のシッポ蛙の手』
のテレビ放映などで茶の間でもおなじみのイギリスの貴族、古城で生まれイザベラ・バードのようにアジアを旅して来日
し今、京都大原に在住するハーブ研究家ベニシア・スタンリー・スミスなどイギリス女性は自主性強く行動力があり圧倒
されます。イギリス女性はすごい!。
◎黒沢峠の大ブナは最近樹勢が衰えてきたとの情報が入りました。

(2016/01/01記)



74,森は楽しい!!人なつっこそうな感じの人面樹木に会いました。
八幡平・県民の森にて
(2015/08/21撮影12/10記)

人と話がしたそうな人面をした樹木
(2015/08/21撮影)

近寄って話しかけてみる。
(2015/08/21撮影)

人なっこいような感じ。
(2015/08/21撮影)

2015年夏、岩手県・八幡平へでかけました。八幡平の豊富な高山植物を見たり、湿原、沼を散策しました。
岩手県の県民の森(岩手山麓)を七つ滝までハイキングした折、森の中で人面樹木に出会いました。
どこかユーモアがあり樹木と会話ができたような感じでした。森は色々楽しいことが体験できます。
近くには藤七温泉、松川温泉(地熱発電でも有名)がありどちらも名湯でおすすめの温泉です。

(2015/12/10記)



73,みんなの環境セミナー「日野の雑木林は今〜雑木林を歩いて考える」が11月21日行われました。
(2015/11/22記)

開会式
南平丘陵公園入口

萌芽更新の説明を聞く
南平丘陵公園の雑木林

雑木林維持管理の説明を聞く
黒川清流公園の雑木林


日野市環境基本計画推進会議・みどりグループ主催、日野市環境情報センター共催の環境セミナーが
天気にも恵まれた11月21日開催されました。今年のテーマは日野の雑木林をみんなで考えることでした。
市内外からの参加者、日野市みどりと清流課職員、環境情報センター職員、みどりグループメンバー
総勢30人ちかい人数になりました。南平丘陵公園での開会式の後、「南丘雑木林を愛する会」の
皆さんが緑地管理をされている林を見学し、市の職員の方から萌芽更新などの説明をうけました。
黒川清流公園までのまち歩きではみどりグループの皆さんが見どころのポイント説明がありました。
黒川清流公園では東豊田緑湧会の皆さんの下刈り作業を見学し会の方から緑地管理の話をお聞きしました。
昼食後黒川清流公園内を散策し吹上地区センターでディスカッションを行い雑木林が抱える様々な
課題を話し合いました。感想、意見、アンケートなど今後の活動に生かされると思います。
今回のセミナーでは市みどりと清流課の皆さん、環境情報センターの皆さんから多大なお力添えをいただきました。
ありがとうございました。


《空を仰ぎて緑とたわむり  風と遊び水と笑う》  いづみ

参加者の一人 大山いづみさんがセミナーで自然に接した気持ちを詩にしてくれました。
大山さんは詩人としても活躍されています。
このホームページのなんでもコーナー(-48)でも大山さんの詩を紹介していますのでご覧ください。

(2015/11/22記)


72,黒川清流公園の帰化植物
(2015/11/16)

オオアマナ(帰化植物)
(2014/4/25撮影)

ヒメオウギスイセン(帰化植物)
(2015/6/26撮影)

オキザリス(帰化植物)
(2015/09/16撮影)


黒川清流公園では固有種のニホンタンポポや貴重なアマナが自生しています。
オオアマナは崖線上の雑木林で群落を作っています。一見白い花が一面に咲き
綺麗ですが日本のアマナは黒川公園でも少なくなっています。最近は崖線下まで
オオアマナがひろがってきています。
ヒメオウギスイセンはわきみず池の水辺で咲いています。オレンジ色のとても綺麗
な花ですが帰化植物で園芸種を誰か植栽したのかもしれません。
オキザリスは日本名「紫の舞」と言われ素敵な名前の園芸種としてひろがってきました。
花も清楚で可愛い花です。紫色の葉もとても綺麗です。
まだそれほど増えていませんが帰化植物なので考えさせられます。

(2015/11/16記)



71,東洋一の名湧水・柿田川湧水を訪ねる!

市民が始めたトラスト運動が市・県・環境庁を動かし湧水・清流を復活。

(2015/4/6訪問・撮影)(2015/11/01記)


柿田川の清流

トラスト理事・下川原さんと

緑に映える柿田川

円形の湧水源

柿田川水辺の遊歩道

水辺のウラシマソウ

2015年4月柿田川湧水を訪ねました。
柿田川みどりのトラスト理事の下川原さんから市民運動の話をうかがってきました。
柿田川は静岡県駿東群清水町を流れる狩野川水系の河川で全長約1.2km一級河川です。
長良川、四万十川とともに日本三大清流です。今は沢山の人が訪れる柿田川ですが
高度経済成長期には製糸工場、紡績工場が原因の汚れや不法投棄などで汚れた川になって
しまいました。
1975年柿田川自然保護の会がつくられ市民運動が始まります。
当初は会の自然保護の活動が市民にも行政にも理解されず陳情・請願も取り上げられず対立の
時期もありました。
1983年偶然にも朝日新聞・森林文化協会の『21世紀に残したい日本の自然100選』に応募が入選し
流れが大きく変わります。1985年環境庁の『名水100選』に選ばれます。
不動産業者が河畔林を伐採し宅地開発するなど新たな自然破壊もすすみます。
1988年『柿田川みどりのトラスト』が10人の市民で結成さ流域の土地買収に取り組みます。
県内外から支持、カンパが寄せられ企業などの開発を阻止します。
対立していた市・県・環境庁もトラスト運動のおおきな成果を認め、今は積極的な協力が得られ
『東洋一の湧水・清流』を取り戻したのです。
トラストの会では富士山への植樹、川の清掃、保全など多彩な活動をしています。



◎お話をいただいた下川原 里見氏プロフィール
柿田川みどりのトラスト理事。運動当初からかかわり名物的存在。川の清掃・保全等第一線で活躍。
通常は柿田川の第一展望台で解説パンフなどを販売し訪れた人に解説をしている。


(2015/11/01記)



70,『青は日本の色』自然界でも青い花は稀で、染料も青色を出す天然素材は二つくらい。
樹木・クサギの実は青色を出せる色材です。
(2015/10/15)


クサギの花
(2015/08/05撮影)

近くで見るクサギの花
(2015/08/21撮影)

クサギの青い実
(2015/09/16撮影)



青色発光ダイオード(青色LED)の発見・発明は「光の三原色」を確立し日本人のノーベル賞
受賞、消費電力が少なく世界のエネルギー消費削減に大きな貢献をしました。
植物でも青い花を咲かせるものは貴重な存在です。
染物の分野でも天然色材で青色を出せる素材は二つしかありません。
一つはタデ科の植物『藍』ですが。「青は日本の色」と言われ『青は藍より出でて藍より青し』の
言葉のように青色の代表的素材はタデ科の植物『藍』ですが、もう一つ青色を出すことができる
素材がクサギの実です。写真右で実が青くなっているのがわかります。
現在は青色を出す色材は化学合成で造られたものが多く使用されています。
クサギは黒川清流公園でも日当たりの良い林縁で見ることができます。
クサギは夏〜秋に咲き甘ったるい強い匂いがあります。

(2015/10/15記)



69,今年(2015)はヒマラヤスギのマツボックリ(球果)が
沢山なりました。(2015/09/29記)


黒川清流公園のヒマラヤスギ
(2015/09/21撮影)

ヒマラヤスギのマツボックリ(球果)
(2015/09/21撮影)

バラの花のようなシーダーローズ
(2015/09/21撮影)

黒川清流公園にはヒマラヤスギが十数本あります。今年はマツボックリ(球果)が沢山ついて例年より多い感じです。
名前にスギがついていますがマツ科の樹木です。アカマツやクロマツは球果が下向きにつきますがヒマラヤスギは
写真のように球果(写真中)は上向きにつきます。
球果が上向きにつく樹木にはモミ・トドマツ・シラビソ・オオシラビソなどがあります。
写真(中)で前年の球果の種鱗が落ち軸だけが残っているのが見えます。
球果の先端部が地上に落下したものがバラの花のようなのでシーダーローズと言われクラフトで飾り物などに
利用されています。写真のシーダーローズは数年前拾って保管していたものです。(写真右)

*ニューヨークの摩天楼の上に設置されている三角帽子の貯水槽(タンク)は風物詩として有名ですが
水槽はヒマラヤスギが多く使われています。メタセコイアも使用。
写真はオオシラビソの上向きの球果です。
八幡平にて(2015夏)

(2015/09/29記)




68,日野市と三島市は昔から『水の郷』、『市の鳥はカワセミ』
日野市と三島市は何かつながりがあるの?

水が涸れ汚れた源兵衛川・・市民運動が行政を動かし昔の清流をよみがえらせます。
三島の水辺を訪ねてみました。 (2015/4/09訪問・撮影)(2015/9/16記)


水量も多い昭和30年頃の源兵衛川
カワバタで水仕事をする人達
源兵衛川の掲示板より。

汚れている昭和55年頃の源兵衛川
岸辺に沢山ゴミが見えます。
源兵衛川の掲示板より。

完全に水が枯れている楽寿園
今の景色です。

東海道十一番目の宿場町・三島は三嶋大社でも知られていましたが昔から『水の郷』としても有名でした。
三島市と日野市は湧水の多い『水の郷』『市の鳥がカワセミ』など共通点があります。
三嶋大社の境内には若宮神社がありますが日野市豊田の鎮守は若宮神社ですし
豊田七森の水神でもある三嶋社跡(三嶋大社を勧請)からは今も湧水が湧きだしています。
『富士の白雪は溶けて・・・三島にそそぐ』の歌のように1万4千年前の富士山噴火の溶岩流の末端に
位置する三島は溶岩流(30km)に沿って流れてくる湧水が豊富で20〜40万トン/1日
と言われ日野市の総湧水量5,000〜1万トン/1日と較べても圧倒的な湧水量です。
富士山の水は周辺2,400万人が恩恵を受けています。
三島駅前の楽寿園(かっては皇族・小松宮家別邸)の小浜池や源兵衛川、御殿川など清流は
カワバタなど生活の場でもあり、カワセミが飛びトンボやホタルが舞いバイカモも咲く風光明媚でしたが
昭和30年代の高度経済成長期の工場進出による地下水汲み上げの影響で楽寿園も源兵衛川も昭和37年
水が枯れてしまいます。その後,小浜池が年間を通じて水をたたえることはなくなりました。
生活用水が流れ込み大量のゴミも棄てられホタルやバイカモも失われていきます。
源兵衛川は昔の清流の面影もなく生活用水が流れ込む水量も少なく悪臭のたつドブ川になってしまったのです。

◎カワバタ(川端)は洗い場で個人、共同のカワバタがありました。日野でもカワドと言われ
今も使われています。
◎富士山の湧水の年齢は?100年以上、20〜30年、70〜90日など諸説あるようですが
場所にもよりますので定かではありません。今は水素の同位体、3重水素(トリチウム半減期12.3年)
で測定しています。
◎日野市の若宮神社、三嶋社湧水については本ホームページ『豊田用水と湧水を歩きませんか』
に掲載しています。


(2015/4/09訪問・撮影 2015/9/15記)


水がたまった楽寿園(秋頃)

楽寿園下源兵衛川源流付近

源兵衛川の水辺を歩く

飛び石のような散策路

橋の下をくぐって歩く

トンボの羽化に出会いました。
下記参照

自然に囲まれた源兵衛川

水の苑緑地の水辺

桜が咲いている水辺の遊歩道

『昔のようにカワセミが飛びホタルが舞う源兵衛川をよみがえらせたい』あまりの環境悪化が市民の心
を動かします。ゴミ拾いなど清掃活動、雨水を川に流す運動など組織的な活動が始まっていきます。
「源兵衛川を愛する会」がつくられ、市民、NPO、行政、企業をまきこんだ「グラウンドワーク三島」
が結成され運動にはずみがつきます。
工業用水を多量に汲み上げいる産業界をも動かすようになります。
10年以上の運動で2000年初頭、東レ三島工場が冷却に使用した後廃棄していた工業用水を源兵衛川
の源・楽寿園下に放流してくれます。かくして清流が甦えったのです。
しかし昔と同じ水ではありません。一度工場のシステム機器の冷却水として使用した再利用です。
話を聞かなければ自然のままの源兵衛川と思ってしまうほど、今は清流が甦り、水路に沿って様々
な絵になるような遊歩道が続いています。
カワセミ、ホタル、バイカモも見られるようになりました。
私が訪れた時もダビドサナエ(コオニヤンマのようなトンボ)の羽化に出会いました。
私が訪れた日、偶然にお会いした地元の市民運動にも参加されている方から話しを伺い
源兵衛川の途中まで案内をしていただきました。
お陰様で人とのふれあいもある楽しい旅になりました。
どうぞ 『水の郷・三島』を訪ねてみませんか!

◎トンボの羽化写真
ダビドサナエ(コオニヤンマのようなトンボ)の羽化に出会いました。ちよっと見にくいですが
中央に脱皮しているトンボがいます。
右側に脱け殻が見えています。訪ねたのが4月9日ダビドサナエは3月下旬頃から羽化するそうです。

◎源兵衛川の名前は源兵衛さん?
そうです。人の名前が川の名となって残りました。室町時代・寺島源兵衛さんが灌漑農業用水を
つくり農業振興につくされたのです。源兵衛川も元は全長1.5kmの農業用水だったのです。
用水路が沢山ある日野市とも通じるような気がしますがいかがですか?


◎富士山は世界文化遺産に登録されましたが登山者の大幅増加で環境課題は今迄以上に危機的状況です。
湧水量の減少の次は水質の汚れが危惧されます。
その為にも富士山の汚れを絶つことが早急の課題だと思います。

(2015/4/09訪問・撮影 9/16記)


67,8月〜9月黒川清流公園の遊歩道を歩くと
こんな光景にであいます。(2015/09/03記)


クヌギのドングリ(左)についた穴
(2015/9/03撮影)

コナラのドングリに黒い穴
(2014/9/03撮影)

ハイイロチョッキリ

8〜9月黒川清流公園の遊歩道を歩いているとドングリと葉がついたクヌギやコナラの枝葉が沢山落ちて
いるのに出くわします。
これは風で枝が折れて落ちてきたのではありません。
ハイイロチョッキリが若いドングリの柔らかい殻斗に穴をあけて卵を産み
付けた後枝をかみ切って地上に落としたものです。
写真に産卵のためあけた穴がはっきり写っています。クヌギの写真は穴が見えるように殻斗を開きました。
ハイイロチョッキリ姿形がゾウムシに似ています。
黒川清流公園のクヌギやコナラは樹齢も高く樹高も高いのでなかなか出会うチャンスが少ないのです。
私自身、産卵や枝を切り落とす写真がまだ撮れません。


◎なんでもコーナー(供治苅押砲任眈匆陲靴討い泙后

(2015/9/03記)


66,黒川清流公園の隣接地に巨大マンション。
マンション工事が始まりました。(2015/08/18記)(2015/07/25記)


地質調査(ボーリング)が始まる。
(2014/12/15撮影)

周りはトウカエデ、ヒマラヤスギ、スダジイ等の樹木
があった。写真は木にからまるツタ('15/6/26撮影)

伐り倒されたトウカエデ、スダジイ
(2015/8/05撮影)

高木のヒマラヤスギも伐採
(2015/8/05撮影)

緑地が黒川清流公園の一部
(2015/8/05撮影)

基礎工事も始まる。
追加(2015/10/03撮影)

黒川清流公園のあずまや池,南西側です。黒川清流公園テクテクMapではゼ木樹木として場所表示しています。
ここには昭和30年代に建設された多摩平団地の下水処理場(市有地)
がありました。今は下水道が完備され使用されず樹木もあり草地と、一部は近隣住民の公園としても使用
されていました。
土地は売却され大きな民間マンションが建設されることになり工事が始まりました。
地上5階、高さ15m、建築面積約2200屐延べ床面積約8180屐入居数88戸、の建物です。
敷地には大きなヒマラヤスギがあり、ソメイヨシノ、キンモクセイ、スダジイ、ツブラジイ、トウカエデ
などの樹木が敷地を囲むように植栽されていました。
今回工事が始まり残念ですが樹木はすべて伐り倒されてしまいました。樹木の管理費が頭にあるのでしょうが、
周りの樹木は残せなかったのでしょうか。いい知恵はなかったのでしょうか。
大型、大物工事があると自然が犠牲になることが多いのは残念なことです。
もともと沼地のような湿地帯です。これから杭打ち込み工事が
始まるのでしょうが黒川清流公園の湧水に影響がないことを願っています。
風景もかなり変わってくると思います。マンション建設地は吹上台地側で標高(GL)約86m、盛り土約1.2mを予想し、
建物高15mでGLよりの高さは約117.2mです。崖線の黒川清流公園の上部、日野台地は標高約105mです。
マンションの屋上と崖線上の樹木で樹高が約12mの木と同じになります。

◎現地は道路も狭く住宅地です。工事車両も多くなることでしょう。ぜひ安全第一で進めて欲しいと思います。
◎工事が始まったマンションに隣接する東側には地区センターと併設になる日野市環境情報センターが2017年
頃移転してくる予定です。

(2015/8/18記)


65,夏の旅行シーズンにあたってその

食虫植物モウセンゴケがトンボを捕獲!秋田県須川湿原にて
マレーシア熱帯ジャングルの野生食虫植物ウツボカズラ&キャメロンハイランドと松本清張
(2015/07/25記)


モウセンゴケ,万座牛沼湿原
(2014/8/01撮影)

モウセンゴケ花蕾
(2014/8/01撮影)

トンボを捕獲、秋田県須川湿原
(2015/7/9撮影)

モウセンゴケは日本では最も知られている食虫植物です。
モウセンとは毛氈と書きひな祭りの赤い毛氈を連想される方も多いと思います。
カーペット用毛織物のことです。モウセンゴケは湿原に一面ひろがるのでその名がつきました。
8月ころ5弁の白い花をつけます。小さな虫を粘液で捕え栄養にしています。
トンボを捕えると聞いてはいましたが今回初めてトンボが捕獲されている様子を観察しました。
写真ではトンボが枯草にとまっているように見えますが羽根に粘液がつき飛べません。
トンボはまだ生きていましたがよく観察すると日本では貴重種の山地や高原湿原に住む
カオジロトンボでした。サワラン、タテヤマリンドウなどの高山植物も観察できます。
栗駒山には以前宮城県側から登りましたが、秋田・須川温泉からの登山をおすすめします。
鳥海山まで眺められる雄大な自然は自然観察にも最適、毎分6000リットルを超える
豊富な湯量の須川温泉は最高です。ぜひお出かけください。

写真は左から青色のタテヤマリンドウ
ひつじの刻に咲くヒツジグサ
ピンク色のサワラン
すべて秋田県須川湿原で撮影

(2015/7/09撮影7/25記)


マレーシアジャングル
(2000/10/04撮影)

垂れ下がる野生のウツボカズラ
(2000/10/04撮影)

木の葉と間違う昆虫
(2000/10/04撮影)

食虫植物ウツボカズラは園芸店などで売られているのでご存知の方も多いことでしょう。
以前マレーシアの赤道にも近いキャメロンハイランドの町ラナ・タナを拠点に約1週間滞在しました。
キャメロンハイランドはマレーシアの軽井沢と言われ日本の軽井沢のような避暑地です。
標高約1500m年間温度22〜24℃高級避暑地として知られとても過ごしやすい所です。
紅茶の産地としても有名でゴルフ場も多く、物価が安く治安もいいので日本人も多く滞在しています。
現地ガイドと近くのジャングルや滝めぐりをしました。ジャングルでは野生のウツボカズラ
を沢山見ることができました。木の葉のような昆虫(写真)や蝶のような形の花バタフライフラワー
など熱帯特有の植物を観察できました。
ジャングルには旧日本軍が築いた錆びた鉄の骨組だけを残したトーチカの遺物もみました。
日本からはるか離れたマレーシアの山中まで侵略した戦争の恐ろしさを感じました。
キャメロンハイランドにはマレー人、中国人、インド人と文明と離れてジャングルで生活している
アポリジニのような原住民の人達が住んでいます。


キャメロンハイランドと言えば松本清張と長編推理小説『熱い絹』に触れなくてはなりません。
清張自身キャメロンハイランドにしばらく滞在してこの小説(シルク王の実話がモデル)を書きました。
滝瀬恒彦主演、豪華キャストの出演でテレビドラマもつくられました。
『1967年8月殆ど時が同じ頃、日本の軽井沢とマレーシアのキャメロンハイランドで殺人事件が
起こります。
はるか離れた異国での事件果たして関係があるのか・・・?』
松本清張としては異色のスケールの大きい作品です。どうぞお読みください。
キャメロンハイランドの旅もおすすめです。
写真はキャメロンハイランドの
静岡を連想させるような茶畑と
ラナ・タナの町のホテルと高級住宅街
です。
スモークハウスと言われる
イギリスの貴族が造ったホテルです。
内部はすごい豪華!
今は早く予約すれば泊まれます。
(2015/7/25記)



64,アズマネザサが茎で枯葉を刺したまま成長!串刺し状のものも見られます。(2015/8/07記)

枯葉を突き破って伸びる。
(’15/6/02撮影)

枯葉を3枚串刺し。
(’15/6/02撮影)

厄介者のアズマネザサの群落
(’15/6/02撮影)
どこの雑木林もアズマネザサは厄介者です。黒川清流公園でもアズマネザサがほかの植物の生存を認めないように
我が物顔で縄張りをひろげています。
下刈りをされた後にまた新しくアズマネザサが芽をだしました。枯葉を刺したまま大きくなりました。
3枚の枯葉を串刺しにしたものもありました。
最初見つけた時は珍しい気がしましたが、注意して見つけると結構あることがわかりました。

(2015/6/02/撮影8/07記)




63,夏の旅行シーズンにあたって、その

閣議決定『千歳川放水路計画』をストップさせた17年にわたる住民運動・・守られた環境・・その現地を訪ねる。
日野市にもつながるストーリーとは?

(2014/8/31〜9/04写真、画像、2015/07/15記)


紋別岳より支笏湖、樽前山を望む

樽前山,背景は台形溶岩ドーム

紋別岳よりウトナイ湖方向を望む

昨年2014年8/31〜9/04 北海道・支笏湖周辺を散策しました。
旅の目的は閣議決定までされた国家的 大公共事業『千歳川放水路計画』をストップさせた現地を
訪ねてみたかったからです。
支笏湖はアイヌ語で「シコツ・トー」(千歳川の水源の源の意)と言われ、水は清く摩周湖やバイカル湖に
匹敵する透明度のカルデラ湖です。
支笏湖から流れ出す水は千歳川として流れ石狩川に合流し日本海にそそぎます。自然に恵まれた清流で
釣りカヌー下り、サケ漁を楽しむことができます。樽前山(標高1041m)は支笏湖の南側にある活火山
です。1667年の大噴火は史上3番目、過去500年では日本噴火史上最大の噴火で富士山の宝永大噴火や
浅間山の噴火より大規模な噴火と言われています。
写真に見られる大きな台形の溶岩ドームからは白い煙が立ち昇って いました。
登山したのは御嶽山噴火の25日前でしたがもし御嶽山噴火後でしたら登山しなかったような
気がします。
紋別岳(標高866m)は支笏湖北側にあり支笏湖、樽前山が正面に眺められます。
右写真の方向は「千歳川放水路」が計画された苫小牧やウトナイ湖や湿原地帯で広大な緑の原野が
広がっています。

千歳川 スケッチ

ウトナイ湖と湿原

丸駒温泉の露天風呂

『千歳川放水路計画』(閣議決定されている)は1982年北海道開発庁(現国交省)から突然発表された
千歳川を、洪水対策の名目で石狩川(日本海にそそぐ)への合流をやめ太平洋側に流路を変えるという
国家的大事業です。
太平洋側にはラムサール条約で守られているウトナイ湖や湿原、美々川と湧水群、太平洋漁場などが広
がっています。計画は長さ40km、幅200〜300mの巨大な水路を開削するものでした。
当然、自然破壊、生活破壊の計画に地域住民、農漁民、野鳥の会、環境保護団体等々、多くの人々から
工事中止要請の大運動が始まり、紆余曲折がありましたが計画発表17年後に工事中止に追い込み
ました。かくして国の大自然破壊計画から現在の貴重な自然環境が守られたのです。
この住民運動の理論的支柱の一人が小野有五・北海道大学教授(当時)です。祖父英二郎は銀行家
日本興業銀行(現みずほ銀行)の総裁も務めており若き日には日本の環境問題の先駆者・粘菌学者の
南方熊楠とアメリカに留学した間柄(不和あり)でもあります。父俊一は動物学者、社会運動家、
ロシア文学翻訳家、妻オノ・アンナはロシア貴族出の有名なヴァイオリニストです。
小野有五氏は「千歳川放水路計画」の文献,他多数の書籍が発行され現在も環境科学分野で活躍されて
います。

《支笏湖湖畔・湖面水位に連動して水位が変わる露天風呂が有名の秘湯・丸駒温泉》
丸駒温泉は支笏湖湖畔にある秘湯です。昔は船でしか行けませんでした。今は車で簡単に行くことが
できます。有名なのは支笏湖の湖面水位の変化で露天風呂の水位も変動することです。
今も北海道電力の世話にならず自家発電で営業しています。おすすめの温泉です。

◎ウトナイ湖の写真は全景がよくわかるので日本野鳥の会ウトナイ・サンクチュアリを
使用させていただきました。

華麗なる一族家系

安田家別荘跡地の森(豊田)

安田家別荘地跡大名淵を望む

《小野家と安田家の華麗なる一族と日野市のつながりは?》

「千歳川放水計画」計画中止に多大な貢献をした小野有五氏の叔父・銀行家・小野英輔の妻磯子の祖父
は安田財閥の創始者・安田善次郎です。英輔・磯子の長女オノ・ヨーコはビートルズのジョン・レノンの妻
つまり小野有五とオノ・ヨーコは従妹の関係にあり,ヨーコの父方祖父が日本興業銀行総裁の小野英二郎
にあたります。安田・小野両家の有名人は多数多彩にわたりますので列挙を省きます。
安田善次郎は日野市豊田に別荘を所有していました。明治大正期、風光明媚の豊田は別荘も多く善次郎
は豊田の現・立正佼成会の場所と浅川・平山橋脇・大名淵にも別荘をもちました。大名淵には能舞台を
備えたそうです。浅川対岸の桜並木は善次郎の寄贈といわれています。善次郎との関係と思われますが
第29代総理・犬養毅の別荘も豊田にありました。ご承知の通り犬養毅は5・15事件で暗殺され豊田の
別荘に住むことはできませんでした。能・金剛流23世金剛右京も清水谷池上あたりに住んでいました。
安田善次郎は甲武鉄道(中央線)の建設の出資者であり沢山の社会貢献をしています。東京大学のシン
ボル安田講堂も善次郎が匿名を条件に寄贈したものです。このように善次郎は誠実で表に立つのを避
ける立派な篤志家でした。
今の日本の大企業の経営者・金持ちの人達は善次郎から少しは学んでほしいです。

*豊田にも住んだ詩人・田中冬二(明27〜昭55)のこと。
田中冬二も安田家とつながりがあります。母方の祖母は安田善次郎の妹です。安田家の関係からか
冬二も安田系銀行マンでもありました。昭和21年から数年、豊田1090番地に住んでいました。
現在の豊田通称タヌキ公園あたりと考えられます。冬二は明治〜昭和の日本の自然や日常生活にねざした
詩を沢山残しています。『ふるさとにて』は冬二の最も代表的な詩です。

            ふるさとにて

ほしがれひをやくにほひがする
ふるさとのさびしいひるめし時だ
板屋根に
石をのせた家々
ほそぼそとほしがれひをやくにほひがする
ふるさとのさびしいひるめし時だ
がらんとしたしろい街道を
山の雪売りがひとりあるいている。

            詩集『青い夜道より』(昭和4年)

(2015/7/15記)


☆『ダムと和尚』かくして『美しい鴨川と京都』の自然は守られた!!
『なんでもコーナー機戮No,21に掲載もご覧ください。

☆八ツ場ダム・本体工事始まる。現地を歩いてきました。
『なんでもコーナー供戮No,51もご覧ください。



62,カルガモの赤ちゃんがデビューしました。一人っ子ですが元気です。 (2015/7/04記)

お母さんとスイスイ

池からあがり日向ぼっこ

猫やカラスに気をつけるんですよ。
カルガモの赤ちゃんがデビューです。6/15日にはじめてあいました。でも一人っ子一羽です。
普通は5羽位赤ちゃんを連れたカルガモ親子をテレビなどで見るので、ひょっとしたら猫かカラス
に襲われたのではと思っています。今は元気に育つよう祈るばかりです。写真はあずまや池。

(2015/6/15,17撮影、7/04記)


こんなに大きくなりました。カルガモの子供もまもなく独り立ち。(15/7/27追記)

左が子供、右がお母さん。

右が子供、左がお母さん。

奥が子供、手前がお母さん。
カルガモの赤ちゃんに初めて会ってからまもなく一か月半です。
ネコやカラスにも襲われず大きく育ちお母さんの大きさまで、あと少しです。
でも泳ぐ時は今でもお母さんが先頭を泳いでいます。
まもなく独り立ちする日がくると思います。

(2015/7/27撮影、7/27記)



動画『カルガモ赤ちゃんデビュー』はこちら(7/10追加)



61,ホタルの光に歓声!!豊田の湧水の水辺で『ホタルの夕』がひらかれました。
一昨年(2013年)に続き今年もUさん宅で行われました。(2015/06/20記)

2015年6月10日開かれた豊田湧水の『ホタルの夕』

‐闇せまるアジサイの水辺

▲曠織襪舞いました。

子供達がホタルについて朗読
今年(2015年)も豊田のUさん宅裏の湧水水辺で『ホタルの夕べ』が開かれました。ホタルの養殖に尽力されている
Uさんが今年も開催してくれました。
天気も薄曇りでホタル観察には絶好の日和でした。一昨年の『ホタルの夕べ』より規模を小さくしましたが、
ご近所の皆さん、子供さん達、自治会長さんなど30人位の参加者がありました。
ホタルが発光し舞う姿に感嘆の声があがったり、お子さんも手の平で光るホタルにご機嫌でした。
ホタルの水辺は色鮮やかなアジサイが見頃でアジサイ鑑賞の場にもなりました。
小学生のお子さんの『ホタルの生態』などの朗読もあり、ホタルが乱舞する光景に感激する夕べになりました。
最後に主催していただいたUさんが『昔見られたホタルが舞う豊田を復活したい』と話されました。
お忙しい中ご準備を頂き飲み物までご用意いただいたUさんご夫妻に心から御礼もうしあげます。
本当にありがとうございました。

(2015/6/20記)


あああ あああああああああああ. ああああああああああああああああ
.ああああああああああああああああ
ああああああああああああああああ .
ああああああ ああああああああ . あああああ  ・あああああ

ホタルが舞っているように見えますか?
ホタル動画がないので動画もどきを作成してみました。(2015/06/20)


夏の夜空に輝く☆☆?豊田の湧水に復活?
ホタルが飛んだのです。!!(2013/06/14の再掲載です)


暗闇を舞うホタルの光

湧水とホタル養殖設備(Uさん提供)
夜空に輝く☆ではありません。ゲンジホタルが点灯する光です。
黒川清流公園では今でもわずかにホタルが生息しています。しかし豊田の湧水,用水ではほとんど見られなくなっていました。昔は豊田もホタルが乱舞していたそうです。
数年前から豊田の有志の皆さんがホタル復活をめざして養殖をはじめていました。最近は用水の水も綺麗になりカワニナも見られるようになりました。
努力の甲斐あって今年はじめて公開できるようになり、子供、大人80人位がホタルの乱舞する光に酔いしれました。
豊田の湧水、用水に昔のようにホタルの光を眺めながら夕涼みできる日がくるかもしれません。(2013/6/10撮影)


60,浅川の河川敷、土手にキジが元気な姿を見せてくれました。
しかもご夫婦(ツガイ)です。沢山子孫を残して欲しい。(2015/04/30撮影06/10記)


\川土手でキジを発見!

▲スだけかと思っていたら

メスもいましたツガイです!
我が家から浅川の土手までは歩いて5分もかかりません。黒川清流公園よりずっと近くです。
久し振りに浅川の観察にでかけました。前からキジの鳴き声を聞いていましたし、
昨年の秋にはオスのキジが飛んでいる姿を見ていました。植物観察を終え帰ろうとしていた時
〔弔声が聞こえ200m位離れた対岸にキジを発見しました。∧發い動榮阿靴討います。
オスだけかと思いしばらく観察していたらメスも姿を現しました。
ヒナが生まれることを願うばかりです。
15〜20年前にはヒナを連れて歩くキジの家族を見ましたし、我が家の周りにもいつもキジは来ていました。
最近は周りが宅地化されキジを見ることもなくなりました。元気なキジのご夫婦に会えて嬉しい限りです。
デジカメなので対岸のキジを鮮明に撮れなかったのが残念です。

(2015/6/10記)



59,ムサシアブミ消える。!!今年(2015年)芽がでませんでした。
原因は昨年、一昨年の盗掘。
貴重な植物の盗掘は許せません!!(2015/5/24追加)


貴重なムサシアブミ(2014/05撮影)

盗掘された場所(2014/06撮影)

上の写真は昨年(2014年)5月にムサシアブミを撮影したものです。
ムサシアブミはサトイモ科でマムシグサと同じ仲間です。今は絶滅が心配されています。
一か月後(昨年)写真のように盗掘されているのを見つけました。一昨年もムサシアブミ3株が盗掘されました。
貴重な植物なので存在場所は秘密にしていたのですが盗掘されました。
今年、生存していた周辺を探しましたがありませんでした。二年続けて根こそぎ盗られたのでやはりこの場所では絶滅かもしれません。
黒川清流公園のどこかでムサシアブミの生存を祈るばかりです。
本当に盗掘する人間は許せません。



58,ここはおすすめ!!大自然につつまれた信州『中房温泉』は温泉天国!!
33〜38億年前の太古の地球の再現です。!自然科学、環境学習にも最適!
ぜひお出かけください。(2015/05/10追加)
;;

大自然の中にたたずむ中房温泉

裏山にある地熱の焼山

旅館の周りはニリンソウが一面

北アルプス燕岳、表銀座の登山口にある中房温泉は標高1400m大自然の森林のなかにあります。
温泉は湯元、湯量も多く内湯、外湯(露天風呂)が数多くあり一日では全て入りきれないほどです。
歴史も古く松本藩が明礬を採掘し艶ある生糸で藩財政を豊かにしたようです。
裏山にある焼山の砂地では蒸気が噴出し砂の中に卵、いもを埋めておくとたちまち蒸かし料理
ができます。露天風呂近くにある星座観測場所では仰向けに寝て空をみあげても身体の下は温泉
の地熱で床暖房のようになっているので寒くありません。満天の星や星座観察には最高です。
私が訪れた2014年5月下旬頃は新緑も眩しくニリンソウの大群落が宿の周囲一面に広がり圧巻でした。
樹林に入れば高山植物も豊富です。
吉田絃二郎、永田鉄山、大町桂月、ウエストン、等有名人も訪れています。

湯気の中、熱水が湧き出る

太古の地球を見る。

熱帯、亜熱帯植物ミズスギ

中房温泉では90℃前後の熱水が湧出しています。地球上の最古の生物は殆ど酸素がない状態のなか
太陽エネルギーを利用する光合成ができず。微生物は水素や硫化水素を利用して豊富にある二酸化炭素
を有機物にかえる化学合成細菌でした。
中房温泉の70〜90℃の熱水の中にはこのような微生物が生きています。そして27億年ぐらい前、酸素を
発生する光合成がシアノバクテリアの誕生ではじまります。
シアノバクテリアも中房温泉の62℃以下の熱水の中で生きています。
ここでは太古の地球の姿が実際に見ることができるのです。
膠状珪酸(温泉成分に含まれるケイ酸と微生物の層がつくりだすゼリー状のもの)
珪華(温度が下がりケイ酸成分が沈殿したもの)は天然記念物に指定されています。
また熱帯や亜熱帯の植物ミズスギが生息 しています。これも珍しく貴重なものです。
中房温泉では太古の地球の生命誕生のひとこまを見ることができるのです。
信州大学の大塚勉教授や首都大学東京の松浦克美教授が今も調査研究をしています。私が訪れた時も
来週には松浦先生が来られるとのことでした。

(2015/5/10記)




57,カルガモのオスがメスをめぐって大バトル!!
黒川清流公園大池遊歩道にて。(2015/5/01記、撮影4/29)

.瓮垢鬚瓩阿蠡亰菫阿離ス

▲丱肇襪始まった。

A埓笋米い、取っ組み合い

黒川清流公園わきみず池でのカルガモの熱い行為をなんでもコーナー兇之悩椶靴討い泙垢(3/27)
今度は大池の遊歩道で,メスをめぐるオスの大バトルを見ました。
,亮命拭∈限Δメス、右側でオスがにらみ合っています。メスは知らん顔ですが始まったバトルの凄まじいこと、
壮絶な闘いでした。嘴で衝き、噛み、羽を広げてたたきスゴイ音で4〜5分闘っていました。
取っ組み合いで最後には2羽がダンゴのような固まりになり、ようやく決着がつき敗者がにげだしました。
メスは途中から闘いの場から離れ大池の方へいってしまいました。数人の人が見ましたがあまりの凄さに
ドギモをぬかれた感じでただただ驚いていました。動画を撮れなかったのが残念。!

(2015/5/01記)



56,黒川清流公園の雑木林は東豊田緑湧会の皆さんが
緑地保全してくれています。ありがとうございます。(2015/04/20記)

下刈りをする東豊田緑湧会の人達

作業中の東豊田緑湧会の人達

綺麗になった雑木林
黒川清流公園を散策している時に下刈りや間伐の作業をしている方達を見かけた方も多いいとおもいます。
この人達は『東豊田緑湧会』の皆さんで黒川清流公園の緑地保全の活動しています。毎月2回会員の皆さん
が保全整備をしています。
お陰さまで明るく綺麗な雑木林が保たれ、眠っていた野草などが芽生えたりしています。『東豊田緑湧会』
の皆さんに 感謝です。

(2015/4/20記)



55,春です。カルガモも熱い恋の季節。
黒川清流公園のカルガモは何年も見ていますが見たのは始めてです。
わきみず池(2015/3/27記)

カルガモのご夫婦です。

お熱い行為がはじまりました。

激しくなり雌は水中に沈むほど.




54,黒川清流公園に1本あった貴重なキハダが伐られてしまいました。
伐られたのは雌株です。残念!!(2015/03/07記)(2015/3/27追記)

樹皮が剥がれたキハダ(2015/3/4)

伐られた翌日のキハダ(3/4)

葉柄内芽がついている。(3/4)

黒川清流公園に1本だけあったキハダが3月3日伐られてしまいました。
木は根元から2本に分かれツタがからみついた方は枯れていましたが、伐られてしまったほうは元気でした。
写真の伐られた断面からも木が元気だったことがわかります。
キハダは雌雄別株で伐られた木は雌株なので余計残念です。秋に実が熟すと野鳥が食べにきていました。キハダはベルベリンを含み薬にも使用され高価な木とも聞きます。
どのような理由で伐ったのでしょうか。萌芽更新を想定したのでしょうか?実生で残せなかったのでしょうか。(2015/3/7記)
《追記1》
3/13上記の内容を日野市の公園係に連絡し伐採理由を調べていただきました。
3/27電話で返事をいただきました。 キハダ自生の場所は都管理区域だそうです。
昨年夏頃樹木医も参加した都の調査があり伐採が決まったようで樹勢が弱く遊歩道の上の枝が落下し人への怪我等を考え伐ったのだそうです。
盗伐ではありませんでしたが。百パーセント納得はできませんでした。
残っている枯れ木の太い枝こそ遊歩道の上にあり危険ですし、今回3/27追加した右側写真のようにキハダ特有の葉柄内芽が沢山あり今年も葉を出す準備をしていたのです。
伐られてしまったので元には戻りませんので枯れているほうの伐採要望をつたえました。
貴重な樹木や野草をどう保全していくかが課題です。(2015/3/27記)
《追記2》
遊歩道の上にかかり折れて落下する危険があった残された枯れ木がようやく伐り倒されました。
6月2日確認しましたので5月末に伐ったと思われます。約3か月放置されていたわけです。
都と市の連携に問題があるとおもいますがいかがでしょうか、(2015/6/07記)




53,サルオガセはどんな植物!?2014年栂池自然園にて

(2015/03/01追加)

栂池のサルオガセ(2014/9/26)

落ちていたサルオガセ

栂池のサルオガセ(2014/9/26)

サルオガセです。厳密にはもっと細かく分類され○○オガセと命名されるのでしょうが詳しくは解りませんので一般的なサルオガセとしておきます。
樹皮に付着して垂れ下がり藻、苔、海草のようにも見えます。本州では高山、深山のブナ林などで見られます。写真は昨年、長野の栂池自然園を散策した時のものですが北海道、道東の海岸側のエゾマツ、やトドマツに沢山付着しているのも見ました。
霧藻とも言い霧のかかる湿気の多い所にできるようです。葉緑素を持ち光合成しています。ヤドリギのような寄生植物ではありません。




黒川清流公園

52,黒川清流公園のヒレンジャク、キレンジャク
寄生植物ヤドリギと着生植物セッコク(2015/02/04記)
(2015/2/20追記)

ケヤキに寄生するヤドリギ

ヤドリギの花

沢山寄生したヤドリギ

ヤドリギの実とヒレンジャク

セッコクの花

ヤドリギの実とキレンジャク

糞をぶら下げているヒレンジャク

ネックレスのような糞

地上に落ちた糞

黒川清流公園の大きなケヤキやサクラの樹木に寄生する丸い球のヤドリギを多数見ることができます。ヤドリギは根を樹木に差し込み木から栄養分をとって生きています。雌雄別株で雌株には2〜3月頃オレンジ色の小さな実が沢山つきます。同じ頃小さな黄色い花を咲かせます。写真は地上に落ちた花です。ヤドリギは中国では薬用に欧米では神聖な植物とされクリスマスの飾りに使用したり、ヤドリギの下にいる女性にはキスしてよろしいとの慣習があるとか?その実を食べにヒレンジャク、とキレンジャクがやってくるのです。二つの鳥は頭と尾の色が緋色と黄色の違いです。ヒレンジャク、キレンジャクは冠をつけ歌舞伎役者のようなくま取りがあり、この時期しか見られない珍しい野鳥です。ヒレンジャク、キレンジャクが飛来するとヤドリギの下にはカメラマンの列ができます。
着生植物セッコクは老木、大木の枝などに着生しますが栄養分は自分で吸収しています。セッコクの花は5月頃咲きとてもいい香りがします。高尾山の琵琶滝コースの杉の大木に着生するセッコクは有名です。写真のセッコクは我が家で毎年咲くセッコクです。
《2015/2/20追記》
ヤドリギはレンジャクが食べた種子が糞として落ちる時、樹木の枝などに着生し増えていきます。
樹上では粘る糞が透明のネックレスのように見えることもあります。
枯葉の上に落ちた糞の緑色のものが種子です。



51,八ツ場ダム・本体工事始まる。(2015/01/21追加)

現地を歩いてきました。

ダム現場・美しい吾妻渓谷

ダム建設現場の案内図

ダム現場・美しい吾妻渓谷

今日、2015年1月21日群馬県長野原町の八ツ場ダムのダム本体工事が始まるとマスコミが伝えていました。
計画されてから63年だそうです。
ご存知のように自民党政権のダム計画を『コンクリートから人へ』とのキャンペーンで 民主党政権がダム建設にストップをかけました。しかしすぐ公約を破棄してダム建設を再開したので全国的にも有名になりました。少し前ですが2013年7月現地を訪ねました。
現地は吾妻川が流れる渓谷で群馬県の上毛カルタで『耶馬溪しのぐ吾妻峡』と詠まれ有名な紅葉の名所です。
昔から知られる名湯『川原湯温泉』もダムの底に沈んでしまいます。川原湯温泉を通っていた長野原線も線路を山の上を通るようほぼ工事は終わっていました。
温泉街では重機でホテル、宿の建物を解体していました。(温泉街は山の上に移動)
現地を訪ねての感想は、美しい渓谷の大自然は二度と回復できないこと。湯の町ムードが漂っていた川原湯温泉が失われてしまったこと。等々、失われるものが大きく残念です。ダムは不要と思いました。
ちなみに《八ツ場ダムの概要》は
ダム様式:重力式コンクリートダム、堤高:131m、堤頂長:336m、ダム天端標高:EL586m、堤体積:1.600.000立法メートル、流域面積:707.9K屐湛水面積:3.04K屐平彩掌个量鵤嫁棔,総事業費:5.000億をこえそう。